2016年01月26日

合体霊にまつわる諸説の否定

 霊はどうやって人間を指導しているのだろうか?
 
 これまでの説明から、霊は人体と重ならずに、人間の脳だけを刺激することが見えた。ここから、いくつかの霊界諸説を否定できる。

 合体霊をする時に、何も人間の側にくる必要がない。人間と一体化する必要がないから、天国にいながらにできるのである。

 間違いの説
 1,「合体霊のために、天国から地上に降りてくる」
 合体霊は、霊が遠くから、人間の脳に刺激を与えているはずである。よって、天国から降りて、この地上に来て、指導するのはおかしい。

 2,「心臓を霊能で攻撃すると、合体霊が死ぬのは、心臓に霊がいるため」
 確かに、私の霊能者としての23年の経験では、心臓を霊能力で攻撃すると、合体霊の頭が壊れて出てくる。灰色の動かない空気のような軽い物体が、足元に近くに落ちている。これは私には見える。
 だが、これまでの説明から、心臓に霊はいないのであり、合体霊は体の中にいない。合体霊がこの方式で死ぬのは、別の理由によると思える。なお、この方式で亡くなる霊は、天国が自らの意志で決めてそうなる霊のみである。

 3,「合体霊を自由にやめられない。」
 霊が人体の中に入るという七面倒なことをするのなら、たいへんだろう。が、その前提が崩れている。私の経験からすると、合体霊は自由にやめて、交代できる。そもそも人体の中にいなくて、おそらく霊は人間への指導を遠隔で脳に作用する装置を使って行っている。ので、装置のスイッチを切るという手間だけで、交代も可能である。

 これらは今は細かい説明もしない。簡単に説明した。

 以上、次はいよいよ本題である。

posted by たすく at 21:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊についての新説9 『霊は自分の頭を人間の頭と重ねて、人を指導してはいない。』

昨日のおさらい

昨日、私は、「合体霊では、霊が人体に入り込み、霊と人体が一体化することではない。」と説明した。

理由
1、手足が勝手に動くという体験は、通常ないため。手足などを通じて、霊は人体を動かさない。人は、脳の指令通り、体を動かす。脳の意に反して、体が動くことがない。霊は脳にさえ作用すると事足りる。
2、それは、人間の体を外からの力で、強制的に動かす発想である。手足をひもで縛り、操り人形のように、それは体を動かすという発想だ。それはロボットスーツのようである。が、人間は体を思ったように動かせる。外的な強制によって、体が動くという体験は日常はない。もし、その強制力が体の内部から生じるとしても、同じく、外部からの強制力である。よって、人は、強制的に体が動くことはない。そんな方式で、守護を受けてはいない。

 以上から、「霊は脳だけに直接作用させる方式で、人を操るのだろう。」とした。

 今日はここからだ。

 では、「霊は頭だけ、人間の頭と重なっている」のだろうか?

 霊と人が一体化するという説に強いこだわりがある人は、執拗にその発想から抜け出られない。「霊の手足が人間の手足に重なることは、不合理極まりないから納得する。なら、頭だけは人間と重なるのではないか?」 うざいほどに粘る。

 お嬢様は頑固一徹ですか? 

 簡単に言うとこれは間違いである。いくつか説得的な理由がある。
 1,霊は人体の中に入れない。霊は霊どうしぶつかる。人体に本人の霊がいるため。
 2、霊は次元が異なる場合も人体に入れない。三次元に干渉するには、三次元の物体にならなくてはいけない。すると、異次元にいる霊は、三次元の空間に入り、三次元の存在になって指導する。異次元ではなくなる。1の理由によって、人体の中に入れない。

 3,この発想の人は、「霊がある考えをすると人間も同じ考えが浮かぶ」、と思っている。霊の脳から電気信号が送られて、人間の脳を刺激すると。しかし、現在の脳科学では、脳の電気信号ネットワークは、2つ重なるものではない。よって、霊が自らの脳を使って、人間の脳内で電気的な刺激を送るのではなさそうだ。ぴったり重なっているから、霊からの電気信号は見えないという人は、下の反論を読もう。

 4,また神経では、生化学反応で電気が生じる。この形で行われるなら、霊は自らの脳を使って、人間の脳に生化学的な刺激を起こすことになる。しかし、現在、脳はそんな原因不明の刺激は受けていないと思われている。

 5,脳神経細胞というのは複雑で、どこがどう動くかは、個人的にかなり異なる。霊みたいに高度な知恵をもつ脳と、生まれてたかだか80年以内の人間とでは脳の発達度合いが違う。脳が重なって、どう干渉すると、人間に知恵を教えられるか。
 脳が重なっても、部位が、2-5mmでも違うと別の神経になる。まったく同一に重なっても、他人と自分とでは、それが同じ認識をするものではない。また脳のサイズも重さも個人差が著しいものだ。年齢的な差も大きい。
 というわけで、脳が同一でないかぎり、脳を重ね、その時の作用で、霊は人間に特定の認識を生じさせる、というのには、無理がある。ある霊が、「重いと感じる脳部位」は、同じ位置に人間の「同じ脳部位」があるわけではない。サイズと大きさに違いがあるため。

 6、異星の守護霊の場合は、さらに人間と脳が異なる。脳同士を重ねて、それで影響を与えることは何ら意味がない。

 3と4の証明はやや雑である。が、5は決定的だ。脳のタイプが異なるから、特に脳を重ねることの理由がない。

 霊と人間の頭を重ねると発想が似るというのは、近くにいる人間からの影響ほど強い、という経験則が根本にあるのだろう。が、霊は、人間の思考を何から何まで管理する。それは、側にいるだけでは無理である。頭を重ねてもできない。頭を恋人と寄せあっても、発想が同じにならないからだ。

霊は人間の頭と、頭同士を重ねて指導する、というのはよって不可能だ。そんな方法で、霊は人間を指導してはいない。

では、どうやって? 

今日は、以上である。

posted by たすく at 20:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする