2016年02月12日

神は全てを超越しない

こんにちは
 『哲学・思想小辞典』にあったテーマを論じてみた。神は非科学的にはなれない、という話だ。

 神は全てを超越するか?

 中世の哲学には、『神は全てを超越する存在だ。』というものがある。ただそういうのは、ロジック(論理的な言い回しで、そういう言い方が可能)であって、真理ではない。
神は全てを超越しない。難しくない。
宇宙がある。超越とはそれを超えているという意味がある。神は、『宇宙を超越する』というのは、宇宙の外にも神はいる、もしくは行ける、神は宇宙を含むより大きな存在ということだ。
物理的に考えて、我々の住む宇宙以外にも、宇宙はあるだろう。そこにも神はいるという意味と受け取れる。これは、ありうるだろう。
だが、もっとかんたんなこと。『神は物理法則を超越する』ことはできないだろう。
前に進む車が、何の力も加えないで、バックするのである。神がそれをやつてのけることはできるか? 前に進む車は壁にでも当たらないと突然、バックしない。慣性の法則がある。物体は前に進む続けるのだ。
どうしても、『神は万物を超越するから、そんことはできる』と言う人はいると思う。
では、しかし、この物理宇宙の中では、物理法則が働くから、そんなことは不可能である。できっこない。

もし、『神が物理法則を超越した存在』なら、どうなるか? この物理宇宙の中に入ってはこれない。正確には、神という総体の中で、物理法則を超越した部分は、この物理宇宙の中に存在することはできない。この物理宇宙では、法則に反することはけっして、できないからだ。
これは考えなくても理解できると思うので例示しない。が、してみよう。

ある人だけ、何の細工もなしに、時間は止まらないのである。もし時間を止めようとすると、その人物だけを特殊な磁場で包んで、時空の外に追いやり、その時空接点を同時間に固定するという高度な技をする。これが可能とも私は思えないのだが。すると、本人は時が止まったまま、外の時空間だけ時間が進むのを見ることができる。こんな特殊な細工をしないと、本人だけ時を止める(周囲は止まっていて、本人は動ける)ということはできないのだ。

返ってややこしい話にしてしまった。話を元に戻す。

 つまり、『神は物理法則に適応する部分しか、この物理宇宙にいない。』ということになる。地球上にいる神は、よって、全て物理法則に則った存在なのだ。

すると、神は限定される。『神はこの宇宙において、物理法則内において存在しうる。』、よって、『宇宙は、神を物理法則に従う存在として、中にとどめている。』といえる。

 神はこの宇宙では、物理法則を超越できないことが、わかっただろうか? 科学的に説明できない神は、この宇宙にいないのだ。というわけで、これからは、科学の法則に反するような『神』は、即座に否定する。
心してほしい。説明を短くするためだ。

以上
posted by たすく at 21:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする