2016年02月14日

時間を超越する神 神はタイムトンネルに住めない



 昔、チャネリング本に、『神はタイムトンネルにいて、全時空を見渡す』というようなことが書いてあった。嘘っぱちである。

 ドラえもんやタイムボカンシリーズのアニメをよく見た人は、思いつきそうな発想だ。

 時空を超越した神は、全ての時間に聖なる影響を与えられる。タイムトンネルの中にいながらにして、と考えるらしい。(タイムトンネルにいなくてもできるのだが。)

 えっ? どういうこと?
 神様はタイムトンネルに住んでいて、そこから命令を発して、それぞれの時代に影響を与える。そういう存在だと主張する。
 命令を発する度に、使者を放つか、時空トンネルへの扉を開け神様はある時代へ出入りするらしい。そうやって、全ての時間に影響を与えるという。これが、『タイムトンネルに住む神』、『時間を超越した神』という概念である。

 では、どこに神が住む天国があるのか?
 神様は当然、天国に住む。天国はどこにあるか? 彼らに言わせると、タイムトンネルの中らしい。

 天国が楽園で、花や緑が咲き乱れ、動物がいきいきとクラス。人も平和そのもので、叡智があふれる。そんな豊かな社会があるためには、家も水も必要で、何より大陸と太陽の光が届くことが必要だ。太陽光がなくては、暗黒で、地獄だから。
 時間超越神を信じる人は、タイムトンネルの中にも、太陽、地球以上に素晴らしい惑星があって、そこに神様は住むと信じる。それがないと天国はありえないからだ。

 楽園を作るためには、植物は成長しなくてはいけないし、子供のような人間の魂も、やがて学び育ち、神様のように賢くなる。当然、タイムトンネルの中にも、時間も流れていなくてはならない。

 おっと、タイムトンネルの中で時間が進む。これはどうなのか? 神様は時間を超越しなくてはならない。よって、タイムトンネル内の空間にいては、まずい。時間が進むからだ。時間を超越する神様は、そのタイムトンネルとは、別の場所にいるはずだ。

 第一のタイムトンネル空間。その奥にあるはずのさらなる第二タイムトンネルである。タイムトンネルのどの時間帯にも行けるような、第二のタイムトンネルである。神様はきっとそこにいる。

 いや、その第二タイムトンネルでも、やはり天国があって、時間が流れるはずだ。そこにいたら、神様は時間を超越してないから、さらに奥の第三のタイムトンネルにいるはずだ。神のいる位置を探すと、どんどんタイムトンネルの奥の奥に進む。無限に。そうやって、神はどこまでも探してもみつからない。

 いやいや、タイムトンネル内のことをよく思い出そう。どらえもんはそこでのびたと会話ができたではないか。ということは時間がそこで進んでいる。そこにいる神は、時間の中にいる。時間の法則に縛られている。あらゆる時間に同時に存在してはいない。タイムトンネルの神は、時間を超越していない。

 どうやら、タイムトンネルの中に神様がいると想定すると、どうしても、特定の時空間に神様が住むことになってしまう。それは『神が時間を超越する』という前提に反する。よって、神様はタイムトンネルの中にいない、と結論づけられる。

 この議論は何か?
 アニメの『タイムトンネル理論』で、神様を解釈して、たどりつく神様の姿だ。日本人の多くは、そんな時間超越神をイメージする。

 それは、真実かどうか? その時々の科学理論で、神様を解釈すると、神様の真実にたどりつけるか? そういう問題である。
 
 以上
posted by たすく at 18:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

時間を超越する神とは? タイムトンネルの中に神はいない

こんにちは、
 今日は暖かい。

 日本人の神学というものがある。キリスト教の教えをよく知らないで、教義の一部を科学的に解釈したつもりのものだ。以下のは、チャネリングで書かれていたもの『タイムトンネルの中に住む神』、という考えへの反論である。

時間を超越する神とは?

 日本人は『神が時空を超えた存在』という時、タイムボカンシリーズか、ドラえもんの"タイムトンネル"を思い浮かべる。神がタイムトンネルに住む、と想像する。神はその奥から、時間の扉を開けて、時代ごとに干渉する。神はあらゆる時間に同時にそうやって存在する、と主張する。

 これは日本人の特有の発想で、アニメの科学で神様を解釈する。しかし、この『時間の超越』の理解は間違いである。

 よく考えよう。人間を導く時、神は必ずこの時間の宇宙にいなくてはならない。

 神様は、時代ごとにいる。人がタイムトンネルで過去に戻ると、過去の本人に出会える。両者は"山田さん"としても、2015年の山田さんと1978年の山田さんは、別の人間である。神様もタイムマシンで過去・未来にゆくと、時間ごとに別々の神様がいる。

 100年前の神は、今の神にとって、過去の神となる。両者は別物である。なぜなら、共産国を崩壊させた神は、それをまだ実現していない神と、同じ名だとしても、経験や意図に違いがあるからで、厳密に同一ではないからだ。

 例えば、10、12、14世紀の神がそれぞれ過去からやってきて、20世紀に集まったら、4人の神が出会うだろう。

(タイムトンネルに神が住むと主張する人は、神は一人だとする。が、それはおかしなことになる。神様は、時代のそれぞれの人類に向けて、自らの意志を実現すべく、活動する。時代は無限にある。その活動量は無限となる。この宇宙は有限である。この宇宙では有限の活動しかできない。が、神様は無限の活動をする。それは矛盾である。ややラフな論証である。)

 それぞれの神は、その時代を支配している。過去の神が、現在を支配すると、過去と現在の2人の神が、人類を支配する。それは二重支配でおかしい。

 現在の神が、現在の地球の支配権があるはずだからだ。過去の神がもし、タイムトンネルで現在に来ても、現在よりも支配者としての地位は劣る。つまり、真の支配者は現在の神のみ。過去の神にその地位はない。現在の神が、我々の神である。その他の時間からきた神は、我々の神ではない。

 というわけで、神様はある時代には、1人である。2人以上にはならない。他の時代(過去・未来)の神様は、今の支配者になれない。つまり、神は我々と同じ時代、空間にいる。

 神が『時間を超越する』とは、過去未来に行き来して、干渉できる。過去と未来を観察できる。未来を作れるということをさす。なお、『過去を作る』のは、過去はすでに起きたことで、確定済みだ。過去を作り変えることはほぼ不可能である。

 以上
posted by たすく at 18:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする