2016年02月16日

神は自らに似せて人を作った-- 神は有限である 神のサイズ他

こんばんは
 大阪は冷える。

昨日、人間と同じ形とは、同じ体型と器官をもつことだと説明した。生物学的に、知性がある動物は、どういう形になるか? およそ決っている。人間とよく似て、脳と頭蓋骨、首があり、目、口、鼻、耳があり、胴体と手足がある。

霊だから、そういうものがないというのは、生物学的におかしい。霊であっても、そういう肉体をもつ。科学的に考えよう。

今日は、もっと単純な話をする。

神は有限である。
人間は、肉体はその重さが平均50-70kgほど。移動距離は、せいぜい地球の中。見える範囲は、望遠鏡を使っても、宇宙の果ての手前まで。人間はこのようによって感覚できる範囲、活動できる範囲が決まる。
神様も霊体で、人間のような肉体をもつ。すると、活動範囲も、知覚する範囲も限定される。よって、無限ではない。有限である。

 神が無限の実在というのは、聖書の『人間と神が似た形をしている』という箇所に反する。

 神の身体のサイズについて 最大値
神はあらゆるものに超越することもない。まず身長は10m以下だろう。生物学的に高度な知性の場合、最高で3-5mほどではないか。それ以上に大きくなると、恐竜のように体格に比して、脳が小さくなる。ゆったりと動くしかなくなり、機敏な動きができない。それは脳が発達しない。神らしくもない。

最低値は、脳の大きさで決まる。脳と付随する器官から身長が予想できる。人間の脳の重さは成人で1200-1600g。体積は、1200-1500立方cm。神様は人間より知性が高いから、脳のサイズは人間以下ではない。よって、脳は人より大きい。人間で最も身長が低いのはギネスに載っているが、50cmくらいだったと思う。神様はそんな低くはないだろう。
 このように考えると、神は大男か、頭の大きな小人か。その範囲だ。神はそれ以上に小さくも大きくもなれない。神はおよそ身長1-3mだ。

実にリアルな話である。私はやや神様は人間より身長が低いと思っている。理由は、特にない。

『神は人間と形が似ている』と聖書で書かれていなくても、現代生物学が描く神の姿は、身長1-3mの2本足の人間のような霊の生物なのだ。聖書は、それにお墨付きを与えるにすぎない。

というわけで、神は有限の物体で、知性をもつ人間型の霊だ。人間と似ていることから、そんなことがみえてくる。

よって、以下の考えは否定される。

神は無限の能力をもつ
 神は無限の能力をもつことは、否定される。万能とはあらゆる面で最高の能力を示すことを言う。神はダビンチのように万能だろう。が、その能力は有限である。

神の愛は無限である
 神は人体とほぼ似たようなサイズの霊だ。彼が実行しえる活動は有限である。よって、その愛も有限である。なお、永遠かどうかは、霊の寿命で決まる。霊が永遠に生きる(永遠に近い年月を生きるという意味)なら、神の愛は永遠だろう。だが、神が人々に注ぐ愛が、永遠かは定かではない。神は愛の対象を常に、限定しているためだ。

神は宇宙に偏在する
 この正確な意味は今のところ知らないが、ほぼ人体と同じサイズで収まっている霊が、宇宙に偏在(宇宙のどこにでも存在すること=宇宙と同一化)することはできない。

なお、ここでは、創造神にかかわる内容は、省く。

 このようにキリスト教徒の様々な信条が、科学によって瓦解してゆく。

以上
posted by たすく at 21:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする