2017年02月09日

精神次元の話 7次元の精神とは

精神次元の話 7次元の精神とは

彼は、合理的な精神である。自分自身は、法則的なものだと信じている。経験や感情、さらには感覚から切り離されて、理論的なもの、法則的なものとして、自分自身を自覚する。デカルトは理性の目覚めを現した。そんな数理的な自己と同じなのだ。

おそらくたいていの人は、自分自身が理性そのものだ、ということが理解できない。が、人間は感情の生き物だとか、感覚に支配されている。個人の主観にとらわれている。客観をもつのは、不可能だ、と思いがちだ。日本人の大多数は、そんなデカルト以前の思想を、自身の哲学と信じる。

が、現代の科学でよく考えてみよう。人間は何かを考える。その思考と最も似ているのはコンピューターだ。コンピューターは、感覚はない。論理演算しかできない。それは、数理的な計算を得意とする。論理回路のように物事を考える。

つまり、コンピューターは人間の思考の根幹である。人間の意識の根本は、論理演算なのだ。論理的なものは、理性といえる。デカルトは、自分の意識を『論理回路』=理性だと宣言したのである。デカルトは正しかった。

それと同じ結論にいたった人間こそが、理性を宿した人間だ。感情や過去、経験を捨象して、純粋な自己のみを自覚できる理性型精神だ。つまり、空の精神であり、7次元の精神、菩薩の心である。

それは人間の本質そのものを自覚している。より高い精神段階の人ほど、人間の根本を理解する。自分がそういう理性存在だと理解している。

 自分が理性だと自覚する。彼は、外の世界も全て宇宙の法則や、論理で動いていると理解する。理性による世界観を彼は、もつ。科学的な世界観を心の中に打ち立てている。

 問題はだ。6次元の精神になるのは12歳。7次元の精神になるのは、15歳。6次元からはわずか3年でこの段階になる、ということなのだ。三年分の精神の開きがあるのだ。

これは短いと思うか、長いと思うかは、人それぞれだ。が、6次元になってから、3年以内で7次元になるのは、理論的には不可能なのである。

精神が急上昇して、あっという間に、7-10次元に登りつめるのは、嘘だとここで理解してほしい。
posted by たすく at 21:59| Comment(0) | 精神次元 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

精神の次元の話 誰が7次元にあがるのか?

 精神の次元の話 誰が7次元にあがるのか?

 7次元に上がった人を私は数十人知っている。田中角栄、管直人、司馬遼太郎など有名人には諸々いる。女優などにもみかける。

 どういった人が7次元以上に上がれるのか? 
 はっきり言おう。特定のソウルグループに所属する人たちのみだ。ソウルグループというのは、大きく4種類ある。一つは王家のグループ。惑星の王、中堅霊や天使の子や高い次元が所属するグループ。人口の1/50-200がここに入る。二つ目は、多数派のグループ。人口の80-97%くらいここに入る。特殊な者達でなければ、みなここだ。他に、惑星グループで、白トラのグループ。色が白く、おっとりした人たちのグループ。バラのグループは芸術的で女性が美しく、感性がよい人達のグループ。南の銀河のグループは、自らそう名乗っていて、独特の文化がある。

 7次元以上に上がれるのは、王家のグループの面々しかいない。教育体制がしっかりして、内面の導きが確かだ。それで、7次元によくあがる。私はここの6次元は見分けにくい。最低が7次元かもしれないが、それはまだ確認できてない。

 他の霊的なグループに所属していたら、7次元に上がらない。いや、永遠の時の中で、何億年か過ぎたら、そういう上昇もするだろう。が、生きている間には望みがない。

 8次元にあがる人は?
 7次元は少ないのに、8次元はさらに少ない。が、私は3-8人くらいは知る。理性的だが、単純でなく、複雑な理性を解するタフな人である。高橋信次はそうで、他にも数人いる。どういった理由で、彼らがこの段階にまであがるかは、よくわからない。

 9次元にあがる人は?
 これは歴史的な偉人である。預言者で大きな節目に生まれてくる。この時代に3人は生まれた。王家のソウルグループで、トップに位置する人達だ。

 10次元にあがる人は?
 現在、いない。他の文明にはいることから、人類がこの段階の精神を育てるのは不可能ではない。必要がないから、生まれてないようだ。

 というわけで、王家のソウルグループでもないのに、7次元の精神に上がろうとしても、ムリである。なにしろ15歳でその段階になるのだが、12-14歳までに自分の内面のテーマを自覚して、1人孤独に答えをみいだしてきた者だけが、その栄光にあずかれる。

 その時に、遊び呆けて、自分の関心と興味には、さほど注意を払わなかった者達が、精神の高みを大人になってから望んでも、もう遅い。
posted by たすく at 19:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

精神次元の話 精神の段階は、他人が決めることはできない

 精神次元の話 精神の段階は、他人が決めることはできない。

 感覚的に生きている人が、毎日酒を飲んだくれ、無駄に1日を過ごす。学者が毎日、物事を探求する。飽きずに彼は求める。こういう生来の性格ではないが、後天的に形成される『人格タイプ』は、これまで6-10つくらいみてきた。

 それがそのまま、精神の合理性の度合いとなる。発達した人ほど、自らの精神の本質をよく理解している。精神タイプがそのまま精神の次元なのだ。

 だから、どこかの精神の師匠が、『君は何次元の精神だ。』と認めたから、その人物がその段階の精神になるわけではない。そういうレッテルをはっても、彼の精神をそう呼んだとしても、誰かが分類したことによっても、精神の中身は変わらないからだ。

 感覚主義者は、ずっとブランド好きなのだ。それは6次元の人格でも、7次元の人格でもない。5次元特有の精神なのだ。この当たり前のことが、よく理解できない人がよく宗教団体にいる。教祖が『君は6次元に上がります。』と言えば、精神が何も変われないのに、6次元にあがれたと思い込む。

 彼らは正しく精神段階を分類していない。またそれを区別する知識もない。精神の段階がどのようにして決まるのかすら知らない。人間の修行によって、精神の次元があがらないのに、上がると信じている。

 なぜ精神が上がらないのか? それは感覚的な人を、知的にするようなことだからだ。ブランドで身を飾り、格好良い自分に酔う人たちは、どうやっても知性的であることの喜びを教えることはできない。大学の研究室で、思索すること。その無常の喜びを彼らは軽蔑するのだ。彼らに知識の楽しさを教えこんでも、そんなの何の役に立つの? そう問われるのが落ちだ。

 精神が中から本当に変わって、本人のテーマそのものが変わって、はじめて本人の次元が上がる。それなしに、精神の段階はあがりはしないのだ。

 教祖が適当に、精神の段階を決めたとしても、信じてはいけない。当人の精神課題そのものが、何も変わってないのだから。
posted by たすく at 18:33| Comment(0) | 精神次元 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする