2017年02月20日

精神次元は、修業してもあがらない、運命で決まっている

精神次元は、修業してもあがらない、運命で決まっている

これまでみてきたように、8-9次元にあがるのは預言者や、王家のソウルグループの面々に限られる。神が計画的に、その次元の者を増やす。人間の努力ではいかんともしがたい。

生きて9次元に上がった者に、イエス、モーゼ、仏陀が考えられる。そのうち、仏陀だけが瞑想をして、悟った。他はとりわけて精神修養をしない日常の中で悟った。瞑想は高次元にあがるために、必要不可欠なものではない。

一方、仏教の道場では悟りを開こうと、日夜励む。菩薩のコロコになろうと仏の境地を手に入れようと、山にこもり、大衆に尽くし、行者となり、修業する。

それら精神向上の努力で、残念ながら『精神次元』はあがらない。忍耐、集中、瞑想力、感情をみつめること。悲しみをみつめる力。様々な資質は養成できるとしても。

精神の次元は、発達心理のテーマの消化度合いで決まる。子供の頃に、自分の内面の課題をこなした者だけが、上がる。それができないと、3,6,9,12歳でそれぞれ成長は止まり、精神の型は決まる。それで心は固まる。

 15歳で菩薩の心になる。その時に、なれなくては一生なれない。もう一度、12歳から精神テーマをやり直さないと、けつして15歳の精神=7次元(理性の自己の認識)になれないからだ。8次元(如来)、9次元も似たようなものだ。


その年齢を過ぎた者は、青年期のテーマから、やり直さなくてはいけない。大人になってから、修業してもおそい。あなた方は、自分の哲学を変えられない。脳が固まったからだ。もし、次元をあげたいなら再度、6次元の人は12歳の課題からやり直さなくてはいけない。

 君自身の哲学の成り立ちを見つめ、それを一つずつ進歩させなくてはいけない。他に方法はない。

精神修業では、道徳(瞑想、信頼、感情コントロール、理力、愛)は鍛えられる。が、精神次元は上げられない。霊界では、専門のカリュキュラムがあるため、可能だ。その時に、挑戦しよう。それまでは、諦めよう。

 私は生きて自分の次元を一つあげることは、諦めたのだ。ムダだとわかったから。でも、精神を高めること自体をやめたわけではない。では、何を始めたか? それはまた別の話。
posted by たすく at 22:25| Comment(0) | 精神次元 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする