2017年06月14日

『世界はなぜ「ある」のか?』(ジム・ホルト、早川書房)の感想 その1

『世界はなぜ「ある」のか?』(ジム・ホルト、早川書房)の感想 その1

彼は子供の頃から死んで無になることが、怖かった。そこから、彼がなぜかゆきついた問いが、本題だ。
 この本は、西洋哲学らしい議論がたくさん登場する。それを勉強した人には、楽しい。私は面白く読んでいた。

 まずは彼のみつけた答えは哲学者や神学者らしいものではなく、現代物理学に基づく宇宙論のものだ。

 彼はビッグバン理論を信じる。それは原初の宇宙が無から確率的に誕生するという量子力学的なものだ。彼は、現在の量子力学の法則にうさんくさいものと思わずになぜか信じる。私にはそこが非常に残念だ。

 アインシュタインが粒子の発生確率に疑問を呈したのに、彼はそこを動かしがたい事実とした。

 で、ここの下は私の理解だ。

 素粒子は、発生確率ごとに存在するはずで、それは無限である。そこから、彼は素粒子の多いパターンによる宇宙(セレクター)が無限にありえる、と推測する。そのうち、確率的に多く発生する素粒子がある。それが結合して、安定化する。それはいくつかの種類となる。そんな宇宙が支配的になるという。10次元宇宙論や可能性ごとの宇宙論である。

 話を戻す。彼の説では、

 たった一つの宇宙ではなく、我々の住む宇宙以外にも他に、無限に宇宙がある。彼によると、時間も宇宙の内在する。無限にある宇宙が、より大きな"宇宙"だ。それは素粒子のパターンごとの宇宙以外にも、我々の宇宙、他の宇宙、過去の宇宙も、未来の宇宙も、他の可能性の宇宙も含まれる。それはけっしてなくならない。

 我々の宇宙が発生する以前は、現在の量子力学に基づくビッグバン理論では、"無"に近かった。我々の宇宙が唯一という発想だ。

 が、彼はより大きな視野をもち、宇宙物理学の見地から、他に無限の宇宙があるとする。で、それら全ての宇宙を含むものを"宇宙"と考えると、"無"というものがなくなる。宇宙はある(なくなったことはない)という結論にになるそうだ。

 彼の話ぶりからすると、無はかなり限定的で局所的になるようだ。

 これは私の理解かもしれないが、彼は必然的にこういう結論になることを明確に書かなかったから、私がかわりに書いたまでのこと。

 私としては、死んで無になる、というありきたりの問題を少しつつくような幼稚な日本人的な議論でないので、とてもよかった。

 これはまた続きも書く予定だ。
posted by たすく at 21:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする