2017年06月18日

『世界はなぜ「ある」のか?』(ジム・ホルト、早川書房)の感想 その4 彼は、『規律』を考察できない。

『世界はなぜ「ある」のか?』(ジム・ホルト、早川書房)の感想 その4 彼は、『規律』を考察できない。

 私が感じたことをざっと記す。
 彼は『規律』への理解が乏しい。彼がどう書いたか。私は覚えてない。哲学では、大事なことしか、私は覚えない性質なので。

 規律とは、例えば感染症対策だ。医学が普及した先進国では現在、大方の感染症は抑え込める。これは疾病予防において、規律があるといえる。

 この医学における規律は、医学が一定のレベルで、病原菌を特定して、それを拡散しないように押さえ込む技量があり、それを社会が行うから保たれる。後進国には十分にできない。

 規律とは、一定の能力を社会がもち、それを実施して、社会秩序を混乱から正し、保つことといえる。

 彼は宇宙において、規律があがってゆくことを考える学者と対談した。
 つまり、それは、宇宙において、宇宙がある能力を持ち、混乱をしだいになくし、秩序を高めてゆくことをさす。が、これを彼は、道徳的・倫理的なんとかと言って、深く考えることをしなかったと私は記憶する。

 宇宙は年月を重ねるほどに、知的生命体が高度になり、一定の秩序は生じて、それはしだいに高まるだろう。宇宙の規律はあがる。

 宇宙を規律という面でみるのは、非科学的ではない。が、彼は倫理・道徳の話と扱った。彼は、視野が狭いようだ。もしくは彼が特異ではなく、西洋哲学において、『規律』に関する理解が乏しいか、どちらかだ。
posted by たすく at 21:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする