2017年08月08日

永遠を生きる時の幸福論

永遠を生きる時の幸福論

前回のは、特定の視点にこだわった。今回は、もっと全体的な観点から述べる。永遠を生きる時、霊となった時に、どうすると幸福を高められるか?

まずは、人間が幸福になる条件を満たすことは当然だ。異性とのセックス、家庭があること(夫婦、霊界では子供は大人の年齢なので同居しない。)、夫か妻が共にいること(あの世では恋人は二の次)、社会的に充実した仕事をしていることだ。

こういうわかりきったことでも、人の世とあの世とは、若干の違いがある。それはまた今度説明する。 あの世では、苦痛や病はすぐに治療する。圧政などもない。そういう幸福が当たり前にある。その上で、何を求めるか? するとこういう要素が大切となる。

さて、あの世で幸福になるには、1,高い才能、2, 豊かな人間関係 3, 愛すべき伴侶 4, 子供達(分身) 5, 仕事を共同して行うグループ 6, 良き指導者がいることが必要だ。

1,才能が高いこと
なんでも名人であること。芸術、学問(技術、理論)、政治、運動で能力が高いこと。絵が下手では、絵を書く喜びがない。政治の才能がないと、統治する喜びがない。絵画をかく欲求、音楽をする欲求は人にある。それらをたくさん満たせる人ほど幸福だ。

2, 人間関係が豊かなこと
あの世でも、友人(近く、遠く)、親族(魂の)などがいる。同系も。それらが濃密で愛が強い関係ほど幸せだ。誰も友達がいない人はあの世ではないが、少ないとこの社会的な喜びが小さい。なお、人間の親族関係にあの世で再会して、そこに過大な安らぎを期待する人が多い。が、それは、最も親しい間柄ではない。

3, 愛すべき伴侶 
生きている時に、結婚した相手でない人のほうが多い。そんなすれ違い、わかりあえない夫婦ではなく、真に愛せる相手だ。赤い糸がつながった相手だ。あの世で初めて会うのも多い。生きてそういう人にめぐりあい結婚する人も中にはいる。それがあの世でも続く。
なお遺伝子上、男性のほうが多く生まれる。すると、あの世では、幾人かの男性には、真に愛せる相手がいないことになる。この問題をあの世でどう解決しているかは、はっきりと知らない。推測では、あの世では女性を多めに生み、育てている。それで男女の数を揃えているのではないか。

4, 子供達(分身) 
これはお腹から生まれる子供ではない。遺伝上の子供ではない。夫婦の間に生まれる子は、他の霊の分身である。自分が守護霊となって、人生を計画して、育てあげる人物のことだ。自分と性格がそっくりで、自分のグループの一員として、働く。この数が多いほど、あの世で仕事が楽になる。この一族は、人を指導する時に、同族がよく代替する。

5, 仕事を共同して行うグループ
ある時代に人間の子供を一緒に育てるグループをさす。大きなソウルグループと分類されるものだ。霊界では、みな友達となる。親族を担当する係、友人を担当する係、会社や職場に一緒にいる係、教師などの係、ソウルグループの係などいる。一生の間に、自分が巡り合い、関係をもつ人の何倍かはいる。およそ800-3000人以上はいる。いつも同じ面々が人間を一緒に育てることになる。ここの社会はお互いが親しい。ここで楽しく、活動できることが大切だ。

6, 指導者
天国でも、自分を教える教師はいる。よき指導者が山ほどいる。教えを受ける時は、幸福である。学校などで、個人指導を受ける時は、うれしいものだ。この指導者がいる人ほど、幸せだ。良き指導者がいないと、本人は成長できなくて、取り残される。悔しくつらい。

このように、自分の才能があり、社会関係が豊かで、同じ仕事仲間がいて、友人たちや魂の同類がいて、愛する者がいて、自分の子どもたち(分身)がいて、良き指導者に教え導かれる。そういう中で、幸福を保つ。このすべての面で、とりわけ優れると、幸福が最大化する。

 あの世は進んだ社会で、個人が幸福なのは当然だ。が、さらに幸福になるために、人はみな努力する。やはり周囲より劣るのは、つらいのだ。そうならないようにしたい。
posted by たすく at 22:57| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

永遠に生きる時、誰が最も幸福になれるのか?

永遠に生きる時、誰が最も幸福になれるのか?

これは世俗的な幸福とは一味違うもの。永遠に生きる時、どういう人が幸福か、という話。

準備しないで、書き進める。

才能あふれる者達が、高度で豊かな生活で、生を満喫する。そんな光輝く生き様は、素晴らしい。

僻地であまり冴えない人たちに囲まれて、田舎暮らしに甘んじる。そこは世界、いや宇宙に羽ばたく夢はわずかしかない。世界、宇宙の各地の人々と交流は途絶えている。こちらは、水準が低い生活で幸福が少ない。穴居人のような者達は、幸薄い。

簡単に。閉鎖的な生活を守るのは届く光が弱く、不幸。開放的で、高度な者を拒まない者達は光に届き、幸せだ。

前回、セックス、家庭、子供、仕事、表の人生、健康でいたとしても、住んでいる社会が低いと、満足するものが小さい。

いくら個人的に幸福に恵まれても、アメリカやヨーロッパに生まれたら幸福で、北朝鮮やキューバ、ロシアに住むと不幸。そういうこと。

これが第一。

これをつきつめる。人間、生まれは選べない。住む場所は選べる。幸せになりたければ、共産国を民主化するか、自由主義国にうつり住むことだ。

 永遠の生においては、どうなるか?
 あの世にゆく。そこで、最も優れた社会に引っ越しする。そこで暮らす。言い忘れていた。地球人は、地球から抜け出ることはできない。霊は、人類の遺伝子をもつ。それは変化しない。死んだ霊がへてんこな宇宙人の姿になっていたという話は皆無だ。だから、あの世でも、地球人はかわらない。

 そんな君達は、あの世で、他の星に移住しても、そこに遺伝子が適合する相性がよい女性がいない。愛のない人生は不幸だから、地球に戻る。君たちは地球という住処を変えることはできない。いつまでもその地球レベルの幸福から抜け出せない。永遠の生を、場所を変えて、より幸福に生きようという試みは行き詰まってしまった。

 話を戻そう。

 地球の中でも、あの世では、高度な人々の集まりから、凡人のグルーブ、古代の人たちの輪など、いろいろある。そんな中で、高度な人々の集まりに入るのが、最も幸福な選択だ。

 貧乏人は得るものが少なく、芸能界やセレブは、楽しい幸せだ。それはあの世でもあてはまり、精神的に優れ、かつ才能豊かな人々は集まり、グループをつくる。そういう者達の端っこに入れてもらい、彼らの恩恵をもらい続けるのが、よりよき生活を得る方法だ。

 自分がそういう一員なら、何も苦労しないだろう。惑星社会のトップは、異星とも親交をもつ。才能を高め、近隣宇宙の優れた者達とも交流をもつと、さらにより進んだ星にゆき、学ぶチャンスも増える。

 そういう進化した星にゆき、そこで高い生活のノウハウを会得して、地球に持ち込む。結局、地球には帰ることになるが、本人は他所で才能を磨き、より幸福な生活ができるようになっている。高度さ、能力の高さと幸福は比例する。

 なぜ高度な社会ほど幸せも大きいのか?
 下世話だが、セックスでもそういう惑星では極められている。地球人のやるようなガサツなものよりは優れている。人間関係も、夫婦・恋人の会話の歓びも研究され、洗練される。快適さも、極めた技術や理論がそういう進化した星にはある。きっとキスも上手になれるのだろう。高度な星では、あらゆる面でレベルが違うのだ。

 能力が高い人達は欲求をよりよく満たすことができる。だから、より幸福になる。

 そういう幸福をもたらす技・理論を進んだ星にゆき、身につける。すると、彼が作り出す幸福はより大きくなっている。アメリカ人のほうが、北朝鮮人より幸福だろう? だいたいそんな話だ。

 才能があるほうが幸福になれる。能力が高い人はより幸福な生活をおくる。

 永遠の生において、能力は幸福に比例する。本人自身の能力を高めたものが勝ちなのだ。

 その能力とは、運動(快適な仕草、スポーツ、セックスも含む)、芸術(建築、造形、絵画、音楽、工学のデザイン、建築デザイン)、技術・理論などだ。それらをより高めたものが、より幸福な生活を築き上げる。

 で、それをどこで身につけるかはさておき、才能が幸福をもたらすことは、理解してくれたと思う。幸福になるために異性との技能を高め、実践するだけでは、性生活面という限定的な幸福しか得られない。幸福の総量は小さくなる。他の面での能力(学問、芸術、運動)を高めないといけない。

 そんな万能を求めたが、最も幸福になれる。人間として、やるべきこれらすべてを80年の短い人生で、現代の能率が悪い教育でマスターすることは不可能なので、そういう志をもつことが大切となる。短期間で、より万能に近くなれた者のほうが、より幸せなのだ。

 永遠の生の中で、誰が最も幸福になれるのか。それは、最も才能ある者だ。幸福になりたければ、あらゆる面で成長することを目指す。才能が低い者達の何倍もの幸福をすべてを極めた彼は日々、得る。実に羨ましい。

posted by たすく at 20:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

幸福論 真の幸福の条件--



 私の幸福論だ。これは私の調査にもとづく見解だ。私は幸福の条件を調べた。すると、実に平凡な原因がみつかった。

 幸福の条件とは1, 恋人、夫か妻との性が充実していること 2, 家庭があること 3, デートもしくは愛の時間があること 4, 仕事が楽しく充実 5, 子供がいること 6, 社会の表の人生 アングラでないこと 7, 病気、怪我などで苦しい期間が短いことだ。

 幸福は、原始人でも、共産国という最悪な社会にいても、それなりになれるのだ。難しいことではない。幸福を感じるより効果的なものから順に説明しよう。

1, 恋人、夫か妻との性が充実していること
 単純にセックスを定期的にしていると幸せだ。男女の密な体験は、幸福感をもたらす。適度な頻度がある。それ以上にやっても、気持ちよくなっても、幸福度は高まらない。
 セックスしない者達は、簡単に幸福にならない。性体験で充実していたら、まずまず幸福てみてよいだろう。

2, 家庭があること 
 恋人がいて、もっと幸せになるには、同居する。結婚生活は幸せという共通認識は、正しい。たまに会うよりは、長く一緒にいられる。女性は男と結婚して、幸せになれると信じる。実際そうなのだ。イージーなようで真実である。愛の巣をもつ人が幸せだ。

3, 恋人、妻がいて、デートもしくは愛の時間があること 
 恋人とのつきあっている時が楽しく、幸せ。それでよい。幸福感というのは、異性とつきあっている時に最も高まる。女性はすぐにそれを求める。女性はかんたんに幸せになれる生き物だ。夫婦、恋人との時間が長いほど幸せだ。

4, 仕事が楽しく充実 
 やっと男女関係から離れる。男は、仕事で成功したり、充実してないと幸せになれないと強く思っている。実際、会社で過ごす時間が長く、そこで幸せかどうかは、大事だ。会社でみじめで、苦痛に満ちた時間が長いと、それだけで不幸だ。仕事で充実。

5, 子供がいること 
 また家庭の話で、子供がいると何かと幸せだ。家族旅行も楽しい。子供の世話が何より幸福感をもたらす。家族団欒もその一つ。これもまた女性が得意とすることだ。女性は、幸福となる方法を知っているようだ。子なしは不幸で、子供の数だけ幸せになれる。

6, 社会の表の人生 アングラでないこと 
 このように家庭や男女関係がうまくいっていると、幸福だ。が、犯罪者の1人だったり、アングラな世界に暮らしていたら、それだけで不幸だ。共産国に暮らすのは不幸なのだ。反社会運動も、幸せになれない行為だ。犯罪組織の一員で、泥棒や傷害行為を人にすることを強いられる生活は、警察や国に追われ、休まることがない。

7, 病気、怪我などで苦しい期間が短いこと
 健康こそが幸福の源だ。病気、怪我で長く入院して、苦痛から抜け出せない。それは幸福ではない。

 幸福になりたかったら、恋人を得て、セックスして、一緒に暮らし、結婚して、子供をたくさん生む。仕事でもうまくやる。そして、明るく正しい社会に住み、表の人生を歩む。そして、健康であること。何も難しいことではない。

 月並みの幸福は得られるだろう。ほとんど女の世界だ。が、女がすることを小馬鹿にしてはいけない。なにしろ、これこそが唯一の幸福の方程式なのだから。

 男が『女なんていらねぇ。』と格好つけることは不幸の始まりなのだ。幸せになりたかったら、そんな孤独な男を演じるのは、今すぐやめなくてはいけない。幸福論に男女差はない。

 さて、当然、これは世俗的な幸福だ。この幸福をすべてなしとげるのは、そんなに難しいことではない。2-4割くらいの人はできる。多少の賢さ、要領のよさがあるとよい。そして、人生に満足して、幸せに満ちた生活になれる。

 これで満足なら、そうするとよい。ただしよりよい幸福はある。例えば、夫との愛が弱いと、愛情が小さくなり、幸せも薄くなる。これを解決するには、相性が最もよい人と結婚するしかない。そういうのは、また別の機会に論じよう。
posted by たすく at 20:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする