2016年04月19日

心の真実とは、現実のことだ

心の世界にどっぷりはまっても・・・ 真実から遠くなる
 地下の穴に潜って暮らしていた人が地上に出て、初めて外の世界を見たら、これこそ真実の世界だと思うだろう。
 地下は真っ暗で何も見えない。が、地上には光があり、多くのものをつぶさに見ることができる。空に太陽、月がある。地上には草木が生え、たくさんの動物、昆虫がいる。

 人間は地上に暮らすから、これらの地上の世界を当たり前と思っている。それが現実だと。我々が暮らす本当の世界だと。

 この例は、盲や暗い世界に住む人は、明るい健全な世界を知らないことを言いたいために出したのではない。現実とは心に思い描いた世界ではなく、この外側にある大地、空、宇宙など物理空間だ、と力説したいからだ。

 まず確認する。人間は、本当の世界を地上のことや宇宙のことだと考える。外の世界こそが真実であると、普通考える。心に思うことは、時々、間違えることもある。古い宗教などは多くの点で間違っている。心が思い描く世界、心の中の世界は本当の世界ではない。

 納得できただろうか。

 一部、間違った考え方の人はいる。心の世界こそが真実で、現実は架空なのだ、と。仏教の誤解の一つである。

 なぜ間違いか? 心ではなんでも思い描くことができる。花を見る、と心に思うとしよう。しかし、目を開いても、視界に花がなくては花を見ることはできない。花がないなら、心がそれを望んでも、花を見ることができない。心の世界は、本当ではない。現実に花がなくては、心でいくら花を見ると願っても、花を見ることはできない。心が真実ではなく、現実こそが本当である。

 もう一つとして『架空の世界』を信じる人も、間違っている。
 空に円盤が浮かんで、10年後に人類を助けに来るという予言を信じている人がいるとしよう。10年後にこれが真実になるかどうかは、この科学SF信仰の強さによって決まるのではない。実際に、10年後に現実に円盤が都市上空に現れるか否かで決まる。つまり、このケースでも、真実は現実しだいなのだ。予言がどうあがこうとも。

 他にも様々な『霊の世界』、『神の世界』を信じる場合も、同じだ。現実に霊と神や天国、地獄があるかどうかなのだ。それが実際になければ間違いであり、現実にあるなら真実となるのである。信仰によって、真実になるかどうかが決まるのではない。現実に、霊や神がいてこそ、その信仰が真理になるのである。

 誰か他人が描いた『宗教世界』、『SF』、『予言』、『架空空間』や本人がいつのまにか思い描くようになった『独自の世界観』に、真実を見出そうと頑張っても、それは徒労なのである。現実と一致している時はそれは真実だろう。が、現実から乖離したような世界観は、そこに真実はない。

 心に真実を求めてはいけない。外の世界こそが、本当なのだ。現実、物理世界を見て、世の真実、真理を学ぶ。今回の教訓である。心の真実とは現実のことだ。心の世界を探求しないで、現実を追求しよう。すると真実にたどりつける。


 この見解は、精神世界探求者に大きな打撃をもたらすことは、うすうす察知しているが、それはそれである。
posted by たすく at 20:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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