2017年06月28日

『世界はなぜ「ある」のか?』(ジム・ホルト、早川書房)の感想 その7 価値支配説と? 彼は善がわかってないね

『世界はなぜ「ある」のか?』(ジム・ホルト、早川書房)の感想 その7 価値支配説と? 彼は善がわかってない

 11章「何かが存在することの倫理的な要件」
 価値支配説とは、「何かに価値があることが、それ自体でものを存在に至らしめる傾向がある。(343頁)」

 要は、夫婦がいて、赤ん坊がほしいから、赤ん坊を作ることだ。赤ん坊は夫婦にとって、価値がある。それで、赤ん坊は生まれてくる。

 この宇宙は、神(宇宙の創造者のこと)にとって、ないよりあったほうがよく、価値があるから、発生した、という考え方だ。

 価値とは善で、何かよいこと、必要性があることをいう。人は、必要性がないものは作らないし、悪いものは作らない。エジプト人はピラミッドがよいものだと思って作った。必要だったのだ。

 この章でジム・ホルトはレスリーと対話して、レスリーの話しぶりがなかなか知的で崩れなくて、面白い。が、レスリーは「善」のなんたるかを知らない、説明できないので、がっくりだ。

 西洋哲学は、善、徳などは具体的に語れない。それが欠点だ。キケロの弁論術からそれは始まっている。キケロは徳とか、いろいろ徳目を並べて語るのが得意だった。が、あまりその中身について、説明して、定義しなかった。西洋で、徳目が細かく語れなくなり、教育できないのも、そこいらに原因がある。

 だが、キリスト教徒に言わせると、キケロではなく、イエス・キリストが各道徳項目を説明しなかったことが端緒という。

 善とは、人間にとってよいことだ。それはたいてい、人間の生存をよりよくするもので、生物学的なものだ。悪い食事は毒など入っていて、不健康にする。よい食事はおいしく、健康にする。善とは、人にとってよいことだ。ある(正しい)目的の中で、よい方法なのだ。

 ジム・ホルトはこの基礎も知らないで、がっくりくるのだが。

 生存上によいことで、つまり、生物学的に決まる。生きるためのもの、極端な例としては種の絶滅をより防ぐものがよいこととなる。これで善の定義は終わり。

 一般的には、善は生物学的により幸福にするもの、と言うべきだろう。彼は、客観的な善があるのかないのか、はっきりしない書き方をする。それはあるのだ。生物学全体が繁栄するようなシステムが、人間という種を超えて、生物一般的な善となる。それがより客観的な善の基準だ。あまり難しくない。

 この観点からは、価値支配説はどうなるのか? 神が宇宙を作ったのは神にとって何がよかったのか?

 我々の宇宙があると、神の扱う宇宙の中で、生物がより幸福になる。単純にそういう生物学的な理由となる。宇宙を一つ増やしておくほうがよい。宇宙は1つより、2つあったほうが生物学的に絶滅する可能性が低くなる、というような答えとなる。

 では、この価値支配説の反対は何か
 偶然による説だ。宇宙は、偶然によって発生した、という考え方だ。それまでの成り行きで、特に意味なく、宇宙は創造された。宇宙は、初期の量子トンネルなんたらの確率で発生した、という考えだ。(偶然というが、それを利用して、宇宙を創造すると、意図によって生じたことになるが…)。

 悪の目的によってこの宇宙を作った、というのは反対語にならない。価値支配説について、私はその価値を善のみと扱ったが、言葉自体は善と限定してなく、悪でも構わないからだ。悪のためにという観点も価値支配説の一つになる。

 偶然によって、この宇宙が発生したか? もしくはなんらか意図があって、作られたか?

 どちらかと問われたら、私は何か意図が少しはあった考える。すべて偶然とは考えない。宇宙の発生は、人間にとってはとてもとても高エネルギー領域の出来事で、関与不能だ。が、それに何らか関与できる生物がいても、おかしくない。

 我々が住む宇宙は、発生時に別宇宙の知的生命体が何らかの関与したと思う。それは神とは言わないが、そういうレベルの知的生命がいると推理する。それで、わずかに調整されていると思うのだ。

 高度な知性の計画で、宇宙がこの規模になったとか、法則や素粒子構成が決まった言うつもりはない。宇宙のサイズは、この宇宙の周辺環境が原因で決まったと思うからだ。太陽系の誕生とそれは似る。ガス雲の濃さ、大きさが太陽のサイズを決める。この宇宙も似たようなものなのだ。宇宙発生の時、高度な生命が広域の環境を大規模に操作したというのではなく、もっともっと小さな範囲で関与したと思うのだ。

 で、何が言いたいのか?

彼は善によって満ちる世界を想定しなかった。永遠にこないかのような書き方をしていたが、それは案外早く、人類が数万年以内に達成できるだろう。幸福で秩序だって、ほとんど正義だけしか行われないような社会になるのは。人類は、日々、人間の問題を解決する。そのたびに、悪を一つずつなくす。人類にとって、悪は、毎日毎日、少しずつ消える。残るのは、善のみだ。善は一つずつ増えてゆき、何万年後には、善に満ちる社会となる。
 社会の規律や秩序は日進月歩で整う。ジム・ホルトは、こういう私からすると初歩的な想定がまったくできてない、と思った。

 宇宙が倫理的になる。それは時間の問題なのだ。何億年も先には可能なのだ。宇宙も少しずつ倫理的になっている。こうすっきりいえないところが、この哲学論考本の弱さと思うのだが、いかがだろうか?

 キリスト教徒世界では、善悪の理論や社会秩序、倫理、道徳などの思想が要は弱い。
posted by たすく at 22:55| Comment(0) | ジム・ホルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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