2019年07月09日

瞑想の科学 段階2 (感覚)

 瞑想を深めてゆくと、その時の悩み、感情など表面的な意識から離れて、奥深い暗いところにゆきつく。目を閉じると、暗い空間に自分がいて、眼の前が白く光っているのだ。この心の奥入れる人は、段階を進む。
 
 段階1は生理的欲求(食欲、飲み物、呼吸、排便、排尿)をこなした。それらを超えると、第2段階、五感(仏教では受蘊)に進む。一つの段階は、前半と後半があり、それぞれ5段階ある。前半は、認知。後半は体の動かし方だ。
 
段階2 五感 (五蘊の受蘊)

前半
1, 目 光、空間を見る、明るさ、色、周囲を見渡す
2, 耳 音、音を聴く。大きさ、音の種類、右耳と左耳の大きさの差、方角、
3, 鼻 匂い、刺激的な匂い、匂いの強さ、いろんな匂い
4, 舌 味。辛い、甘い、苦いなど
5, 皮膚 痛さ、熱さ、寒さ、圧力、ぬれ、乾き、ねとり、触れ感
 
後半 各部の動かし方(簡易に)
1, 目 見る。回りを見る、まぶたを開ける
2, 耳 集中する、聞き分ける、
3, 鼻 鼻で息を吸う。
4, 味 味わうものを舌に乗せる、噛み砕くとより感じる
5, 皮膚 触れる。いろいろ感じる方法がある
 
 この順で、感じるだろう。後半の動作をかんじるものは仏教でおそらく『無色界』と呼ぶ。しかし、目をつぶった時の見え方(無色界)が大切ではない。目や鼻、耳について動かし方を感じ取ることが大切だ。実際に、動かしてみること。
 
 この段階を超えると、これらをよりうまく使いこなせるか? 理屈ではそうだ。感覚全般について、うまく使えるようになる。が、またあとで上のほうの段階で、細かい使い方などを学ぶ。その時に、より上手に各感覚について認識が進み、より上手に使いこなせるようになるだろう。
 
 この段階に入った時(前半)は、それは6-7歳の精神と同じだ。平等性智を体験できる。それは段階1に入ってすぐ(正確にはこの段階の2/150ほど進んだところ--この根拠はいずれ)に。
 
 6-7歳の子供は感覚を3年かけてマスターするのだ。瞑想で、この段階にあがれたからといって、特に精神的に立派ということはない。7-8割の人にとっては、本人の精神段階よりも下だろう。瞑想の中級者がたどりつくものではあるが、段階としてはかなり下である。この段階では、感覚主義、快楽主義者の精神を学べる。深い悟りはない。この段階と同じテーマは、7-9歳で体験する。
 
  段階に入った時に、最初のテーマが生じるまで、どのくらいわずかに段階を進むか。それはまた今度、明らかにしたい。
 
カリュキュラム 段階2 感覚
「偉大なお兄さん、謎のちからによって、---してください。」と願うとできる。せっかくなので、この段階を感じよう。瞑想でここより高い所に到達した人は、瞑想で体験できる。ここまで到達していない人は、簡易に体験できる。下以外でも、段階を指定すると体験できる。
 
1, 「視覚を体験させてください。」
 そう思うとそれが瞑想の段階がそこにゆき、体験できる。明るい外の光が目からさしてくるだろう。何を見ているのだろうか。
 
2, 「聴覚を体験させてください。」
 視界は暗くなる。耳をすますと、音が聞こえてくるはずだ。
 
3, 「嗅覚の感覚を体験させてください。」
 意識が鼻に集まる。呼吸すると、何かにおう。
 
4,「味覚を体験させてください。」
 舌に力が集まる。何も味がしないことからはじまる。
 
5, 「目の動きを体験させてください。」
 目の周囲の筋肉に力が集まる。まぶたを閉じたり、してみよう。目をキョロキョロさせたり。
 
6, 「**の動きを体験させてください。」
 後半の段階で、テーマとなる目、耳、鼻などの動かし方を体験してみよう。
 
 以上。これで段階2を一通り体験した。これは何度も体験して、覚えておこう。すると、その段階に到達した時に、思い出せる。自分がどこまで到達したかを。


posted by たすく at 11:42| Comment(0) | 瞑想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。