2019年07月11日

瞑想の科学 段階4 運動

 段階3では、感覚したものが何か。それを識別することをマスターした。ぼんやりみていたら、ただの景色。景色の中に、人、森、動物などがいることを見分けるのが段階4のテーマだ。ぼーっと聞いていたら、ただの音。そこから会話。言葉の意味を知ること。それが課題だった。世界を知った。

 これから段階4(運動)をみてゆく。まずは細かい段階を示す。前半と後半がある。それぞれ5段階ある。
 
段階4 運動 成所作智の境地
 
前半
1, 手 - 手が動くことを感じる、肩、ひじ、指が動く。
2, 足 - 以下 同様、運動についての価値観も得られるが、それは研究中。
3, 首 -
4, 胴 -
5, 腰 -
 
後半
1, 手 - 手を動かす。肩、ひじ、指を動かす。
2, 足 - 以下同様
3, 首
4, 胴
5, 腰
 
 段階4では、運動を習得する。それは13-15歳の発達心理上のテーマと一致する。前半は、手や足、胴体などの動かすこと。その運動の感覚などを感じる。後半では、運動を実践することを感じる。

 前半は運動についての知見を得る。左右前後に動かす。力の入れ具合。動かす順序。手、足の可動範囲など。さらには行動の規則なども学ぶ。力の世界観をもつ。この段階の中学生は、あまり運動に熱心ではないが、力の方向性、力の強さ、規則、(行動)マニュアルなどに興味をもつ。

  後半では、実際に体を動かすことに満足を得る。しだいに複雑な運動をする。この段階の中学生は実際に運動することに強い喜びを覚える。力が強いことに憧れる。粗暴な力にも憧れるが、しだいに正しく力を使うことがよいと悟る。正しく動くと強い力を生み出すことも知る。正しさと力の強さが一致する。物事を行動で解決しようとする。

 反抗期となるのは、理由がある。前半の初期の段階1では、従来の『悟性』の考え方の問題点を自覚して、それを取り除いて、新しく力の論理を獲得しなくてはならない。行動的に行うためではないかと思う。内面的にやるならば反抗にならない。が、自ら動いて、確かめるために、反抗の行動にみえる。これは推測だ。ここはまた正確に言うつもりだ。

 この段階の境地は、成所作智だ。その世界観では、視野にうつるもので、運動するものが気が付きやすくなる。前の段階では、停止したものを区別した。段階4の運動では、止まっているものは捨象して、動くものをとらえることに関心が向く。時間の流れを新しく認知の要素に加えている。

 この段階の価値観をもつ人は、5-20%いる。行動の知識をもつ。マニュアルや規則を作ることが上手だ。またシステムエンジニア(PC動作をコントロールするので動作のマニュアル)になってねまったく苦にならない人は、この段階の人が多い。

 この段階の思想は、あらゆる外部の運動に関心がゆく。この段階の精神(価値観、世界観)とは、ニコル・オレームのような14世紀の学者のような態度である。万物は運動する。流転するという思想でもある。が、一つずつの運動もとらえられるので、細かくなる。この段階に到達した人の精神は関心が広い。この段階の精神をマスターすると、世界を躍動的にとらえられる。

 この段階の精神の人は、天国で6次元(神界)にあがる。瞑想で到達しても、あがれるわけではない。発達心理のテーマをこの段階まで、青少年の間に順調に駆け上がって、段階のテーマの答えを見出した者だけが、精神的にはこの段階に進む。瞑想では、簡単に駅を通過するように、この段階にふれる。そのため、瞑想でこの段階に感じられても、この段階の精神になれるわけではない。飛行機で急いで外国に立ち寄ったようなものだ。その国の思想を完璧に覚えたわけではない。
 
 カリュキュラム
『パパの偉大な力によって、-----(段階の名)を体感させてください。』と思うと体験できる。なお、この段階は、運動に関心が向く。実際に、対象となる手や足などを動かすこと。目を開けて、外の物の動きをとらえること。目をつぶっていては、この段階のテーマを何も察知することはできない。透視でくっきり見える人は、目をつぶってもかまわない。できれば、目を開いて、関心や興味がどこに向かうか。何に感じやすいかを調べてほしい。たいていの人は目をつぶってこの段階にきても、何もわからない。

以上


posted by たすく at 11:23| Comment(0) | 瞑想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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