2017年02月18日

あなたは天使の子か?

 あなたは天使の子か?
 私の調査では、大阪に何十人も暮らす。堺周辺と、池田界隈ではよくみかける。この前も、大阪市立大学の学園祭で1人、私が知らなかった新しい若い女性をみかけた。

 次に多いのが、芸能界だ。よく知られた人物で、テレビによく映るのが数人以上は、天使の子だ。女優が多い。

 天使の子は、案外、よくお目にかかる。テレビを見て、あれは私と同類だと思う人は、天使の子だ。また天使の子は自らそうだと自覚している。子供の時から確信がある。自分は人より賢く、かつ理性的だ。歴史的な偉人とは、発想が似る。

 理性的だが、直感的に生きる、という7次元の精神(菩薩)の特徴もある。それで人生がうまくゆく。性格はたいていよい。日本的というよりも、地球的だ。人類の理性や良識と同じものを持ち合わせている。自分の発想が、そういう人類の理性とまったく同質だと理解している。書物にある精神論や道徳よりも、自分のもつそれのほうが優れている。

 また天使の子らしい微笑みもある。過度なもの、過激なことを避ける。賢明に生きている。ほとんどが力強い。根本的にパワフルである。

 これらは天使の子のありふれた性質の一つでしかない。天使の子同志は、哲学が同じだから、話すと通じる。まぁ、ほとんど天使の子は単独で活動する。めったにこういう同類間で、つるむことはない。が、例外はある。

 天使の子にはそれぞれ、周囲の友人たちに恵まれている。サポーターもしっかりついている。だから、自分の仕事に夢中になっている間は、あえて同類を求めはしない。それは、弱さだと思うからだ。心の故郷に帰り、同類どうしで、傷を舐め合うことだと思い込んでいる。

 それは、他人が酒場でつまらない哲学を語り合い、お互い慰めあっているのを見て、情けないなと思ったからだ。自分と似た者と出会うと、そんな心の傷のなめあいのようなくだらないことしかしないのだろう、と思い込む。本当は、これは勘違いで、単に同類と話すと趣味が合う人達との話のようにはずみ、創造的なことができる。百年来の友人と、出会うと、もっと社会的なことができるのである。自分の使命に近い仕事、それを一緒する仲間をみつけるようなことだ。

 が、世間と闘い、その自分とは違う性質の人たちと一緒に活動することが、自分の使命だといつのまにか思い込んでいる。同類とつるむことは夢見ているが、かなわないと諦めている。

 もう一つ、天使の子は、それぞれ哲学・思想が割り当られている。その社会に発表する思想の違いから、お互いが交わりにくい、と感じる。根本の理性は同じだ。が、時代背景や、そこから生じた信念が違う。だから、同類を見ても、別の活動をすると思い込んでしまい、近づかない。同じ性格とは、わかるがすれ違う。そういう理由で、なかなか天使の子は、何かを諦める時まで、同類と一緒にならない。

 私の周辺に結構、天使の子がいたのだが、彼女たちが長く交友しているのは、見たことがない。天使の子どうしで、遊び回ることはあまりないのだ。が、そういう者達は気が合うだろう。それはいつの日か? 多種の人々の間で闘うことをやめて、自分らしさを求めた時に、出会うようである。

これら要件にあてはまる人が天使の子である。孤独、理性的、賢い、過激ではない、人類の良識や思想と同じものをもっている、自分は天使の子という自覚があるなどだ。それがない人は、残念ながら天使の子ではない。

 理性があっても、違うならそれは、どこか別の星の天使なのだろう。

posted by たすく at 12:06| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

高い精神の世界 完全な理性を求める高校時代後半

高い精神の世界 完全な理性を求める高校生

日本に高度な精神性がない。そういう人たちが沈黙してきたからだ。理性や哲学の高みがないのだ。そして、愚者の言葉がまかり通る。マルキストという低級な輩が、幅を利かせてきた。彼らに思想性はない。破綻することもわからなかったのだから。

というわけで、そんな日本の思想の貧弱さを打破するために、私が、これまで生きてきた中で気づいたことを、ゆっくり記していこう。

まずは低級な思想家が気付けない世界を一つ。上の人たちの哲学を示そう。といっても、私の考えなのだが。

まず哲学では、デカルト、カント、ヘーゲルの理性がわからなければ、一角の人間とはいえない。ヘーゲルは、『人生哲学』(岩波文庫)で理性の発展を示した。人類では、学問のように法則、理論の体系は広がる。個人も学問の発展と似て、発見、気付きの度に、分化して、より大きな体系になる。

理論の体系ができることを知る人には、ごくごく当たり前のことだ。ヘーゲルはそれが内面でも起きることを明らかにした。何も難しくはない。ヘーゲルは、理性の体系をわかりやすく示した。彼こそが理性の最高峰なのだ。

哲学は、それ以降は学んでもしょうがない。不要だ。私は、いろいろ読んだのだ。ヘーゲル以後の哲学を。『不安の概念』(キルケゴール)は、もう不安というはっきりしないものを扱うから、それは哲学の体系としては劣る。心理学の分野であって、哲学ではない。

マルクスは、理性ではなく、社会論を扱う。理性(科学の体系のことや論理学)と社会論は、別個の学問だ。だのに、別の観点から理性を批判して、得意げになっていた。馬鹿である。彼の弁証法も点検すると、インチキとわかった。そもそも、マルクス経済など間違いだらけの社会論しか書けない者が、精密に何一つ正しいことなど書けはしないのだ。中身も薄かったから、最初だけ読んですぐに捨てた。

間違いだらけの書物を時間をかけて読むほど、人生にムダなことはないからだ。

要は、哲学は、ヘーゲルでおしまいなのだ。それ以後の探求は、もっぱら社会だ。なんとかジョン・スチュアート・ミルの『自由論』だ。社会論は、内面の探求、つまり哲学ではないのだ。

確か、その後の思想家として、フロイトも出てきた。が、彼は心理学では画期的だが、学びに足る理性は示してない。

そんなこんなで、高校時代は終わり、理性がなんたるかみえ、そして、大学に入り、君の探求は変わる。

posted by たすく at 21:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月09日

精神の次元の話 誰が7次元にあがるのか?

 精神の次元の話 誰が7次元にあがるのか?

 7次元に上がった人を私は数十人知っている。田中角栄、管直人、司馬遼太郎など有名人には諸々いる。女優などにもみかける。

 どういった人が7次元以上に上がれるのか? 
 はっきり言おう。特定のソウルグループに所属する人たちのみだ。ソウルグループというのは、大きく4種類ある。一つは王家のグループ。惑星の王、中堅霊や天使の子や高い次元が所属するグループ。人口の1/50-200がここに入る。二つ目は、多数派のグループ。人口の80-97%くらいここに入る。特殊な者達でなければ、みなここだ。他に、惑星グループで、白トラのグループ。色が白く、おっとりした人たちのグループ。バラのグループは芸術的で女性が美しく、感性がよい人達のグループ。南の銀河のグループは、自らそう名乗っていて、独特の文化がある。

 7次元以上に上がれるのは、王家のグループの面々しかいない。教育体制がしっかりして、内面の導きが確かだ。それで、7次元によくあがる。私はここの6次元は見分けにくい。最低が7次元かもしれないが、それはまだ確認できてない。

 他の霊的なグループに所属していたら、7次元に上がらない。いや、永遠の時の中で、何億年か過ぎたら、そういう上昇もするだろう。が、生きている間には望みがない。

 8次元にあがる人は?
 7次元は少ないのに、8次元はさらに少ない。が、私は3-8人くらいは知る。理性的だが、単純でなく、複雑な理性を解するタフな人である。高橋信次はそうで、他にも数人いる。どういった理由で、彼らがこの段階にまであがるかは、よくわからない。

 9次元にあがる人は?
 これは歴史的な偉人である。預言者で大きな節目に生まれてくる。この時代に3人は生まれた。王家のソウルグループで、トップに位置する人達だ。

 10次元にあがる人は?
 現在、いない。他の文明にはいることから、人類がこの段階の精神を育てるのは不可能ではない。必要がないから、生まれてないようだ。

 というわけで、王家のソウルグループでもないのに、7次元の精神に上がろうとしても、ムリである。なにしろ15歳でその段階になるのだが、12-14歳までに自分の内面のテーマを自覚して、1人孤独に答えをみいだしてきた者だけが、その栄光にあずかれる。

 その時に、遊び呆けて、自分の関心と興味には、さほど注意を払わなかった者達が、精神の高みを大人になってから望んでも、もう遅い。
posted by たすく at 19:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする