2017年02月15日

精神次元の話 誰が10次元にあがるのか?

 誰が10次元にあがるのか?

 霊界の論理を何も知らない人は多い。9-10次元に上がる人は特定の役目をもつ人に決まっている。だから、この先、3-10億年はけっして10次元に上がれないのに、それを目指す人があとをたたない。精神を磨くことは大切だ。が、9,10次元や高い次元にあまりこだわらないほうがよい。

 先ほど、7次元以上には、『王家』のソウルグループの面々しかなれないと説明した。その霊的なグループには、神の子、天使の子、9次元の子、10次元の子がわんさかいる。それは人口の1/30-1/200ほどの人が加入している。町でめったに出くわさない。

 9-10次元にあがるのは、そのグループの中で、ひときわ優れた者だ。例えば、モーゼ、イエス、仏陀など預言者かそれに匹敵する活躍をした者だ。9次元には、最澄や空海などがいる。私の調査でこれらは確認した。

 9次元以上は、預言者か大宗教家がまずはなる。地球では、9次元以上になる者の守護霊は今のところ4人である。仏陀系、モーゼ系、イエス系と神の4系列の子である。生きて、思想家として大成しなくてはなれない。他に少数だが、9次元女性霊(仏陀妻の妹分)、赤い王(イエス系と似ているがより力がある者)、空色の王(モーゼ系と似ているが、理論がよりさえる)、紫の王(太陽神の前段階の霊)の子たちが稀にあがる。

 これは神とその仲間の9次元天使である。ヤハエ母星の面々で、地球開発の上位霊、その子なのだ。正直、彼らしか9-10次元以上にならない。

 もう一つ、数万年すると、これら高い次元者の妻も遅れて10次元にあがる。夫婦は同じ次元になるのが霊界の常だ。それらが加わる。とはいえ、妻は実力が低いから、大きな役目を担うことはない。

 だから、守護霊が上記の系列でなければ、もう9-10次元は諦めたほうがよい。もし、守護が上の面々だったら、希望がある。預言者の中でも、小ではなく、中や大預言者として活躍するなら、やがて確実にあがれる。こういう人たちは、精神向上を自ら強く求める必要はないだろう。が、やはり精神を高めるのは誰しも行うべきだ。

 では、各自がそれらヤハエの子でもないのに、そう勘違いしてしまったらどうするか? それは次に。
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2017年02月14日

 高い精神で、優れた人物になりたければ 10次元にあがれ

 私は高い精神次元の霊を研究している。9-10次元である。8次元は眼中にない。

 私は疑似の合体霊装置を使える。そして、指定した霊の指導を受けることができる。例えば、宇宙の中心にある銀河系、そこにある7-9億年発展した文明の霊の指導を受けたいと思ったら、すぐにそこの星の霊が誰か指導を受けられる。

 これは便利で、いろんな霊の特徴を知ることができた。彼らのフィルターを通して、私は世界の景色を感じる。彼らの視野から、オーラの色、得意な技術、階層、実力などを知ることができる。

 わかったことは、9次元の霊にみるべきものはない、ということだ。そもそも、初期の惑星では、優秀な人物は1万年以内に10次元へあがる。文明は何億と続くから、10次元にしか上位霊はいない。

 3億年過ぎても、9次元でちんたら過ごしているのは、競争に落伍して、成長する気もなく、ゆったりとのんびりと人生楽しみ生きている霊だ。9次元は気ままな者達なのだ。そんなのと一緒に暮らしていても、窓際族みたいなものだ。トップ校、トップの大学に行けなかった二流の者達ばかりに囲まれていても、堕落することはないが、気勢が削がれるばかりである。

 10次元にしか冴えた者はいない。その中でもまれなくてはいけない。そこで、競争に勝ち抜き、輝かなくてはならない。だから、10次元世界に住居を構えられるようにならなくてはいけない。精神が10次元でなくてはならないのだ。

 9次元以下では、そんなに優秀な者達は暮らしていない。人間で生きている間は、9次元すら高みで、10次元など恐れ多いと思うだろう。しかし、霊界の9次元以下には残り者しかいない。そんな若手が集まるところで、いくら頑張ってみたところで、頭角を表すことなどできない。

 早く、10次元に上がらなくては、始まらない。
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2017年02月10日

高い精神の世界 社会とは何かを探求する年齢

高い精神の世界 大学に入るといったん、自分の探求がわからなくなる

大学に入って、しばらくは自分が何に関心があるのかわからなくなる。ぼーっとしている。三ヶ月以上経過すると、何かむくむくと起きてくる。

社会について、ぼんやり関心が向いていることに気づく。人間関係について、根本的に考えたくなる。しだいにはっきりする。

社会論は、どのように学んだらよいか? 人間関係の力学はどうやって決まるのだろう。自由とは何だろう。興味が湧くまで待っていたらよい。しだいにはっきりしてくる。

社会論を学ぶ時に、何を読めばよいか? アドバイスしよう。最高の社会論を読むに限る。社会学や経営学。そこにやがてみつかるだろう。経済学は、あまり役立たない。私は自由論は、あまり興味をもたなかった。

大学生では、左翼のおバカちゃんたちが、マルクス経済学など言うのだが、それはやめたほうがよい。人間関係を最も深く分析しているのは、経営学なのだ。マル経など安っぽすぎて、すぐに飽きる。いや、学ぶものがないのだ。同じ分野では、経営学などを読むほうがよほど合理的だ。

社会論を身に着けるには、経営学を読む以外にない。経営管理論や生産管理論くらい極めると、一人前だろう。私からすると、それが社会論で最も、優れた論だ。

創造性開発は、必要である。問題解決の技術は、人間が何を考るかについて洞察を与える。効率などの概念も理解しておきたい。

21歳頃まで、"社会"に関心が強くなる。そして、最終的には、生産管理論や生産機械などに興味が移る。機械工場を勉強して、終わる。

なにしろ、最も効率的な生産は、機械工場なのだから。社会の究極はある意味、ロボット工場だ。

それを理解すると、社会探求の時代は終わる。
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