2017年02月27日

 ユートピアは、社会技術が一定水準に高まると、自然にくる

 人類が食料に困らないためには、何が必要か?
 あまり難しく考えない。田畑があって、農業技術があるとよい。農業の理論も必要だ。他には、収穫量の多い種類。肥料も必要だ。灌漑も整っていること。

 そんなこんなで人類は農業技術があると、毎年十分な収穫があり、人類は飢えることはなくなる。

 ユートピアを建設するのも同じことだ。個人の自由があること。不当な規制がないこと。奴隷労働で苦しまないこと。犯罪がないこと。社会理論や、社会技術(制度)が必要十分にあればよいのだ。

 社会理論が十分にあるとは、経営や流通や、生産などで、人類は自らの人間たちを十分やしない、発展させることができることが大切だ。苦役なく。

 特定の主義主張にこだわるのは、全体が見えていない。食料で飢えないこと。それと同じように、社会技術が十分あるとよい。それだけが必須条件で、ユートピアを作れる。

 陳腐な共産主義は論外。経営学は必要だ。高度な組織論ももちろん。生産性も一定以上ないと、ベーシックインカムは保てない。人類が労働で多忙にならないためには、機械化も進む。

 これら社会技術が進んで、やっとユートピア(理想社会)を作れる。社会理論が何もなしに、社会制度や機械化もなく、心を美しくすると、理想社会を作ることができる、共産主義にすると社会が荒廃せずに人類は幸福になれる、というのは信じてはいけない。彼らは、インフラ(社会基盤)すら理解していないのだから。

 社会制度が優れ、それを維持、運営してようやく、理想社会になる。それら社会技術(制度・理論)が足りない社会では、けっしてユートピアにならない。
posted by たすく at 22:59| Comment(0) | ユートピア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする