2019年06月18日

霊はなぜ大きくなれないか?

 霊は巨大化したり、宇宙空間に希薄な姿で漂ったり、地球に同化して惑星神となったりする話がまことしやかに語られます。霊が大きくなる話があちこちにあります。ある霊界本では、強い霊は人間の3倍も背が高い巨人になって描かれます。それは科学的に真実かを考えます。

 霊は生物です。生物学で考えます。過去、最も大きい動物は首長竜で全長33-35mでした。現在、最大の動物は全長20-34mのシロナガスクジラです。知的な動物は人間しかいません。最も身長が高かったのはロバート・ワドローの272cmです。巨大化すると強く、賢いと思うのは原始人的な発想です。現代の生物学では体格が大きいと体重を支える足が太くなり、食うばかりです。手を動かさないので、あまり賢くなれないと考えられます。

 前回、霊が小さくなれないことを説明しました。分子や原子を小さくすることはできないためです。体内の分子・原子の数を減らして、小さくすることはできますが、ダイエットしなくてはいけません。骨のサイズを小さくするには削るしかありません。さらに、脳のサイズを小さくすると、脳を一部、取り除くのでアホになります。霊は小さくできません。

 では、生物をその姿かたちのまま大きくできるか? 分子や原子のサイズを大きくすることはできません。それだと体内の化学反応ができなくなるでしょう。体重を10倍にするには、9倍分の何か食って、身につけなくてはいけません。それは無理です。巨大化するにつれて、希薄になり、霊の体の密度を薄くする? そういうのは細胞をかなづちで叩いて引き伸ばすくらいしかないので、細胞膜がずたずたになり、死んでしまいます。分子間の距離を広げることはできません。
 
 というわけで霊を短時間で巨大化できません。食わせて、ゆっくりと大きくするしかありません。しかも、巨大化しても、身長はせいぜい2倍くらいまでです。大きくなると、重たくなりすぎて、動きが鈍くなることも忘れてはいけません。

 霊はそれ以上に大きくなれません。巨神霊とか、銀河系をまたいで存在する霊とか、スペインで霊が雲になって姿を現したとか、それは生物学的に霊ではありません。そんな話は、生物の法則を無視しており、物理世界に実在しません。子供だましです。
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2019年06月17日

霊はなぜ水に沈むか?

 霊が地上の空気中で目撃されます。が、そこは真空ではありません。霊と空気はまったく同じ場所に存在できます。霊が、空気を通り抜けていると思えます。

 なぜか? 原理ははっきりとわかりませんが、それが事実です。霊は我々の世界の空気とは干渉しないからです。が、霊は、霊世界の空気にはぶつかります。人の中に霊が入っています。あらゆる物質の中には、霊の成分が入っていると考えます。

 空気の中にも、霊の空気が入っています。が、それは霊をよけるのでしょう。人の体内に空気は入り込まないですね。人の体のあるところは空気はよけています。空気はありません。

 霊のいる場所は我々の世界の空気がよけたりはしません。奇妙な人型の真空はこの世にないからです。霊がいるところは、風も吹きません。よって、空気の霊成分だけが、霊をよけていると考えられます。どうしてか? 空気の中に入っているはずの霊成分は、霊がいる場所では、簡単に分離するからです。霊にぶつかると、霊成分が入っていない空気が簡単につくれるからでしょう。

 たいていの物質では、中の霊成分は簡単に抜けません。人は死ぬ時の一回限りです。壁も窓も、大地も中の霊成分は分離しません。が、空気は例外のようです。空気中に霊が生きて存在する、ということなどでここまで類推できます。

 水も空気と同じではないかと私は考えます。霊は地上でみつかります。雨の日、霧の日があります。が、霊は全滅しません。霧の日に全身穴だらけにならないのでしょう。蒸気が部屋に満ちた日に、霊は謎の死をとげません。もし、水を霊体がまったく通さないと、微細な粒子が全身を貫通して、霊体が壊れ、動かなくなります。

 が、霊は雨・霧の後に霊はみつかります。ここから、霊は水を通り抜けると考えられます。原理は空気と同じでしょう。水の中の霊成分は霊にぶつかると、簡単に水原子から分離するためです。

 よって、霊は水に沈みます。水中で亡くなったら、水で霊体が押しつぶされることなく、霊体は生きていられます。水難事故でも、霊が残ってよかったです。

 ここからいえることです。キリストの霊が水の上を歩いたのを見た弟子がいます。これは霊ならありえません。キリストの霊は人の霊ではなく、神の化身だった。もしくは、それはキリストの霊ではなかったのどちらかです。
 キリストは神の子で普通の霊でなかったと考えたあなたは鋭いです。ですが、神も霊ですよ… 神も水中に沈みます。答えは、弟子はキリストの霊を見なかった可能性が大です。私の論理は完璧でしょう?
posted by たすく at 18:00| Comment(0) | 霊の物理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜ霊を夢に見ないのか?

 臨死体験であの世を見たという人もいます。その夢を記憶しているので、その時、脳が活動しています。死後の体験でありません。臨死体験ではあの世をみてないとこれまで説明しました。

 臨死体験では、空を飛び、壁や人体を通り抜け、テレポートします。霊はそれができません(詳しくは別項に)。そこからも臨死体験は、死ぬ前の体験で、死後(霊)のものではありません。臨死体験の幽体離脱の夢では、霊を見ません。

 しかし、夢を厳密に考えると、霊が夢に現れることもあります。臨死体験に限らず、普通の夢に。特に、寿命が残り少ない人ほど多く。今回、それを説明します。

 今回の正しいタイトルは、「なぜ人はあの世を見るのか?」でした。が、「なぜ霊は~しないのか」というタイトルにするのがここの決まりです。慌てて、タイトルを決めたので、内容と一致しないものになってます。

 朝ドラ「マンプク」では、夢に亡くなったお姉さんが現れて、生活のことをアドバイスする場面がありました。本当に、夢に霊が現れるのでしょうか?

 夢は未来の体験である
 夢のおさらいです。デジャブ、既視感というのは初めて行った場所なのに、過去に同じ光景を見たことがあるという感覚です。なぜか? 私もよく体験します。そこは夢に見たことがあるのです。そこに実際に行ったのは初めてだけど、夢のそれも合わせて、2-4度目の体験となります。夢は、未来の自分の体験です。

 私はドラマや映画にも既視感があります。『腐女子、うっかりゲイに告白る』の水浴び・公園のシーン、『ゾンビが来たから人生みつめ直した件』は倉庫やコンビニ内、ゾンビを銃撃する、襲われるシーンはいくらでも夢に見ました。『韋駄天』の羽田での雨の選考会とかも。ここからいえることは、夢は未来の他人の体験です。

 トラウマになり、過去の特につらい時期の夢を何度も繰り返してみる、という説があります。が、その夢を見たことが私はないので、信用しません。未来のシーンなのに、過去の体験と似て、区別できなかったのが、真実だと思います。私の夢はほとんどすべて未来の体験です。例外は、白黒のラインを見た幻覚のみです。

 自分か他人の未来。どちらかです。統計をとってないから、自分:他人の比率はいえません。自分の未来は2割で8割は他人の経験とします。

 一般的にデジャブ、既視感が語られます。そこから夢の一部は未来の出来事であることは確かです。死期が迫った人の未来は死後です。その人も夢を見ます。その数割は自分ですから、霊の体験です。証明終わり。

 死後の夢ではないという反論としては、死期が迫った人は、死ぬまでの未来の夢を見る。死んだあとの未来を見ない、というものはありえます。

 私はこれにどう反駁するか?
 決定的なものはまだありません。すぐに思いつくものとして、そうだとすると、死期が近づくにつれて、同じ夢を見る頻度があがるでしょう。しかし、死期が迫った人は、病院にいる時、交通事故の夢ばかり見る、ということはあまりききません。

 次に、夢はだいたい1-40年後の未来を見ます。死期が迫るほどに夢は数ヶ月、数日先とより近い未来の体験となります。年をとるほどに、しだいに夢の中の体験がすぐに起きるようになるはずです。が、そう語る老人はあまり語りません。人類史上ほとんどいないのです。

 夢は生きている間の出来事しか見ない。あの世のことはないとするなら、それは全ての人がそうなるはずです。なのに、ほとんどいない。そこから、夢はあの世のことも見るのではないかと推察できます。

 夢にあの世の光景を見るならば
 死期が近くなった老人ほど、夢にあの世を見るはずです。夢の登場人物はしだいにあの世の人になり、その割合が増えます。すると、死期が近いことが自覚できます。そういう老人は多いですね。夢で、亡くなった人を見るのが増えたと。だから、夢はあの世のことも見る、と考えるのが妥当ではないでしょうか。

 なお、本当にあの世の体験かどうか科学的に調べる方法はあります。夢の中の自分を思い浮かべて、そのイメージの周波数を調べます。霊の周波数でしたら、それはあの世です。人間の周波数でしたら、この世です。

 なぜ霊を夢に見たのにわからないのか? 日常生活とほぼ変わらない光景だからです。あの世も霊にとっては、現世とあまり変わらないからです。登場人物があの世の人とわかった時に、やっとあの世の出来事だったとわかります。それまではわかりません。

 臨死体験中の夢でも、あの世を夢に見る可能性がある、ということです。死期が近い人に限り。ただし、空中に浮いたとかそういうのはこの世のアストラルの体験です。ふつうに見る夢は、一部、あの世のものが含まれているという話でした。

 さて、あの世の人が夢にあらわれて、今の自分にアドバイスするか? しません。ほとんどは未来のこの世です。一部があの世の何気ない会話です。その未来では、タイミングよく夢を見た日の悩みの答えを、夢の中の人が話しません。あなたは、デジャブを体験した時に、その体験を以前したのは何月何日の夢で、その時に何を悩んでいたかをとっさに、思い出せますか? そして、その悩みの答えをうまく言えますか? 無理でしょう? 夢で現在の悩みの答えを得られることはありません。 

 トラウマとなると、精神的ショックを受けた当時の光景を何度も見るか? 見ません。似たような光景を過去と勘違いしています。夢は必ず未来の光景です。まれに幻覚はありますが、それは色のない白黒模様の夢ですが、それもまた映像なら未来です。

 今日は夢の話でした。
posted by たすく at 17:58| Comment(0) | 霊の物理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする