2019年06月17日

霊はなぜ見えないか?

 霊は科学時代にまだ見つかってません。なぜなら、霊は見えないからです。なぜ霊は見えないのでしょう。ここでは見えないという事実から、何がいえるかを考察します。

 見えないということは光が霊を通り抜けます。霊は光を反射しません。光は光子で、電磁波です。それが霊の物質を通り抜けます。

 なぜか? 霊は空気を通り抜けます。それと同じでしょう。霊が我々の世界の物質とは違う原子・素粒子などでできているとわかります。

 さて、問題です。霊は我々が見えるでしょうか? 

 まずは見えないという考え方を説明します。我々の世界の光が霊にまったくぶつかりません。それは霊の目の網膜にも当たりません。よって、霊は我々の世界がまったく見えません。

 簡単そうにみえても、たやすく反論できないですよ。自力でできたら、褒美をあげたいくらいです。私は反論を思いつくのに、数日かかりました。

 実は、完璧そうなこの論理は誤りです。証明できます。

 ずっとここを読んできた人には簡単ですね。生きた人の中に霊が入っています。霊の光はそれに反射します。それを霊の目は感じます。霊は我々が見えます。霊が見えるのは、正確には肉体の中に入る霊です。それは人体とほぼ同一です。このような仕組みで、霊は我々を見ています。

 霊の世界の光はどこから届くか?
 これも難問ですよ。人の中に人体とほぼ同一の霊が入っています。つまり、人体を構成する原子、分子は何種類かありかは大事ではないですが、それに対応する霊の原子・分子があります。ここからいえることは、あらゆる原子の中に、霊の原子があるだろう、ということです。化学反応も同じでしょう。人が生きて、霊が生きているなら。

 当然、服、石、岩の中にも、霊の服、石、岩があります。見えてきましたね。地球の中には、霊の地球があります。これは地球とうり2つです。視野を宇宙に広げましょう。太陽、月、土星。それらの中に霊の太陽、月、土星があります。

 霊界の太陽がみつかりました。そこから霊の光が放たれまして、地球に届きます。霊の世界の光は、人間世界の太陽のある場所から届きます。これで、霊は、日中は光を感じることができます。

太陽とは別のわけのわからない太陽があるというのは、物理的にはおかしいです。我々の太陽より遠いところにそれがあるならば、地球は極寒になります。太陽光も非常に弱くなります。霊界は氷の世界です。霊たちは氷点下の地球上で、すぐに氷つくでしょう。これは蛇足でしたが。

 霊がない人は霊に見える?
 では、霊が消滅した人は、肉体しかないので、霊に見えるでしょうか? 霊能者によって魂を抜かれた人は、霊に見えるでしょうか?
 もし魂のない人がいても、霊は見えます。理由は簡単です。あらゆる物に霊が入っています。人は新陳代謝しています。細胞の成分は、時間をかけて入れ替わります。皮膚の細胞はどんどん新しく形成されます。魂が抜けた直後は見えないでしょう。が、数時間、数週間もするとしだいに新しい材質で、体内に霊が作られてゆきます。霊はそれで、人間の形は見えるはずです。しかし、この新しい霊は完全体になっても、記憶がないので、本人とはいえません。これは魂が抜けた土左衛門(抜け殻の肉体)を霊は見えるかという議論でもあります。

 霊が見えないということから、ここまでわかりました。いろいろと面白いですね。
posted by たすく at 17:38| Comment(0) | 霊の物理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

臨死体験(光の渦)はなぜ死後でないか? 

 「DEATH」という本の著者イエール大のシェリー・ケーガン教授は物理主義で、死で終わりと考えます。が、臨死体験であの世をちらっとでも見た、行ったなら、あの世は存在すると考えます。つまり、その説明は本のどこにあるかはわかりませんが、臨死体験であの世を見ていないという意見のようです。

 シェリー・ケーガン氏は、臨死体験で見る特殊な夢が、あの世かどうかを厳密に検証しません。霊の体験ならあの世です。私は幻覚の一種と判断します。特殊な夢ですから、脳が生きている時の体験です。死人は夢を見られないのです。生きている人しか。よって、あの世・死後を見たわけではありません。

 脳神経外科医のエベン・アレクサンダー博士は脳がほとんど機能してなかった時に、回転する光の中にいて、メロディーを聴くを体験した。そこから、あの世を見たと考えます。そこから臨死体験はあの世と考えます。

 参考-『死はただの錯覚?科学の権威者が語る「不死」の意味』(大紀元)

 しかし、彼の脳は機能回復して、死ぬことはありませんでした。その光の渦にいる夢を見た時は、おそらく脳の機能が著しく劣る時に見たものでないはずです。脳が活動をはじめてから見た夢でしょう。死後を見た体験とは厳密にいえません。

 光の中で回転する体験は、瞑想でよく報告されるものです。光の渦を上昇して、明るい世界に入ったと。いくつかの超能力開発の本に書いてあります。彼の臨死体験の夢はいわば、幻覚の一種です。エベン博士は幻覚などをよく知らないようです。

 さてなぜ臨死体験はあの世の体験でないか。前回、幽体離脱したケースを説明しました。夢の中で、宙に浮かび、人体の中に入り、壁を通り抜けたと。それは霊はできません。説明は別記。

 今回は、光の渦の体験を否定します。それは瞑想中によく体験します。瞑想している人は生きています。なお光の渦を通り抜けると、幽体離脱ができるはずです。よって、死後の体験ではありません。

 以上、臨死体験で見る夢(光の渦の中を上昇するもの)は、死後の体験ではありません。
posted by たすく at 17:24| Comment(0) | 霊の物理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

霊はなぜ小さくなれないか?

 身体が病になって、医者は原因がわからないので、霊能者にみてもらうと、小さな霊が体に張り付いていると言われます。それを取り除くと治ると。オーブ(光の小さな玉)は霊という人もいます。霊は小さくなれるのでしょうか?

 生物学で考えます。人体は縮小できるのかという問題です。ドラえもんの秘密道具で、トンネルに入ると体が1/30サイズになり、アリに襲われかけたという話はあります。可能でしょうか?

 人間は様々な細胞で原子、分子でできてます。DNAのサイズも決まっています。人が小さくなると、それらも小さくなります。DNA(デオキリシボ核酸)をどうやって小さくできるでしょう。できません。中性子星などの巨大重力下で、原子が小さくなるかどうかです。そうすると化学反応がおかしくなりまして、人間は生きてられません。というわけで、化学的に、物理的に人間を小さくすることは、不可能です。

 人間が分離して、霊になります。霊もほぼ生きており、物質(素粒子や次元みたいなもの)は違うのでしょうが、人間と似た原子、分子素材で作られています。脳もあります。霊の炭素、酸素、核酸、分子、窒素などもあるはずです。霊の世界も物理的には大差ないですから、小さくすることは不可能です。

 霊は1/10や1/5などに縮小しません。霊は小さくなりません。
 
 火の玉やオーブ、体に絆創膏のように張り付いている何かの破片が霊でもありません。霊はずっと人体サイズです。
posted by たすく at 17:18| Comment(0) | 霊の物理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする