2019年06月08日

なぜ霊は交信できないか?

 霊との会話は、降霊術やチャネリングとゴーストトークがあります。交信とはチャネリングやサイキックの霊との会話です。

 この話は専門用語が多く、通でないと難しかったようです。

 交信とは
 目前に霊を呼ばずに、遠くの霊を透視して、映像を見ながら話すことです。霊媒も交信します。その時は、本人は交信相手の姿が見えませんが、正体不明の声が出てきます。サイキックが上を見ても、霊が浮いているのではありません。視野の上半分に映っています。そして、霊の声が聞こえます。交信中は考えを伝えられますから、本人はしゃべりません。宇宙人・天国??の霊との会話に多いです。

 交信はテレパシーの通信とほぼ同じです。
 テレパシーでは、相手を透視して、相手の思いを読み取ります。サイキックが2人いたら、テレパシーが可能です。まずは最初の合図を決めます。霊能力でコンコンと叩くとか。お互い透視できたら、遠距離会話は成立します。スマホがあったら、より簡単です。

 霊が生前サイキックだったなら、可能です。人と霊は能力が同じです。9.9割は他人の思考はわかりませんし、遠くにいる人はなおさらです。一般人だった人とは交信できません。

 交信する相手の霊が霊媒だった場合は、できません。なぜなら、こちら(霊媒のこと)は相手の霊に憑依できませんから。

 霊は交信装置をもっていません。霊は思考読み取り機をもってません。つい最近まであの世に電話もありません。彼らは人を常時、どこかの国のように監視しているわけでもありません。よって、霊はこちらの呼びかけがあったかすらかわりません。交信できません。

 霊は着の身着のままで、あの世に来ました。死ぬ時に身につけていたものものが、全財産です。物体の中に入っている霊物質は取り出せませんから。死ぬ時だけ、それら物の霊は一緒に分離するのみです。

 そこで霊能者は、この疑問を解消するために、交信相手は天国の霊と言います。本物なら天国や宇宙人は科学力が高いので、そのくらいできるでしょう。が、未成仏霊はできません。

 地上の霊とは交信できません。彼らは本当は誰と交信しているでしよう。宇宙人と交信している人はおおいですが。死んでまもなくの霊と交信しているというのは、ほぼ当人の霊とは話してません。目前の霊と声を出して話すのが、物理的には正しそうです。(これは10年前までの状況です)


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2019年06月06日

霊はなぜ廃墟,廃屋にいないか?

 肝試しは夏の風物詩です。テレビでは『幽霊屋敷』の廃墟・廃屋にでかけ、霊能者が霊を見つけて、浄霊します。が、実は、霊はそんな薄気味悪いところにいません。

 人と霊の性格は同じです。イギリスでは、呼び出した霊が本当のじいちゃんかを確かめます。霊能者(サイキック)が家族しか知らない故人との思い出を語ると、依頼者が、本物のじっちゃんだと泣き出します。霊は生前の記憶はもってます。人格も変わってません。

 人は、廃墟となった病院、湿気た暗いトンネル、真っ暗で汚れたマンション、今にも倒壊しそうな薄気味悪い家に近寄りません。霊と人の趣味嗜好は同じです。人はそんな怖そうで汚ない場所を嫌います。霊も同じです。そんなところに住みたい霊はいません。
 こればかりは動物行動学で考えます。人も霊も動物です。動物はどこに住むか。普段、人が行きたがらないところに霊はいません。

 霊がそんな廃墟に住めない理由があります。
 これまでの議論で、霊は扉を通り抜けられません。テレポートもしません。廃屋は出入り口の扉が閉まっているので、霊は入れません。一度入り、扉を閉められたら、自力で出られません。次に人が扉を開けるまで何日・何ヶ月も待ち続けます。霊はそんな監獄みたいな建物にうっかり入りません。テレポートできないので、霊は閉じ込められることを恐れます。誰も出入りしない家、汚い家に霊はいないのです。

 では霊はどこにいるでしょうか?
 民家・教会・老人ホームです。霊の目撃が一番多いのは家の中です。霊は居心地のよいところを好みます。暖かくて、冬も寒くないのは家です。テレビアニメも見られます。子供がはしゃぎまわる家は危険なので避けます。子供に踏まれると霊は足や手を折り、体が壊れます。ゆっくり動く老人がいて、空き部屋が多い家が好まれます。老人ホームにもたくさんいます。

 霊は廃屋、幽霊屋敷にいません。怖い場所に霊がいる、廃屋などにいるという先入観は誤りです。わかりましたか。
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2019年06月05日

霊はなぜ心の中にいないのか?

 霊はなぜ心の中にいないのか?
 科学が台頭する17-20世紀に、霊は発見されてないからいない。そう否定された宗教家が霊と神は私の心の中にいる、と悔し紛れの反論。それが間違いのもとでした。

 霊は心の中にいるのでしょうか?
 確かに霊がいると想像できます。怖い話や宗教書、言葉の上に霊ははっきりといます。唯心論です。しかし、想像の世界ではなんでもできます。心の中にいるからと、現実に存在することを証明できたわけではありません。霊が物理世界に「いる」と反論できてません。

 私はここでは、物理的に考えます。霊が心の中にいるのか?いないのか? それは頭の中に霊が本当に隠れて存在しているのか? を考えます。

 私の答えを言うと、霊は心の中にいません。心とは、頭の中で作るバーチャルな世界です。心の中にいる霊は、いくら本物らしくあっても、それは脳内の情報ですから、本物の霊ではありません。現実の霊が、その空想世界に入ることはできません。アニメの中に実写がまじると奇妙ですね。それです。アニメはアニメです。現実は現実。両者は違います。そして、神や霊は現実にいるかどうかが、問題なのです。想像で神や霊を描けても、現実にいなくては、ぜんぜんダメです。いることになりません。当たり前ですね。

 いやいや、頭の中に小さな霊がすっぽり入っている、と反論する人もいるでしょう? 
 心は頭、正確には脳の中にあります。今回宗教家は、自身の霊ではない他の霊や神が心にいると主張したいので、自分の霊がいるというのは考えません。他霊はこれまでの議論から、人の肉体の中に入れません。中にすでに本人の霊がいるからです。

 頭の中に霊が小さくなって入る? メン・イン・ブラックですか? 小さな宇宙人が人体内の操縦席に座り、人間らしくみえるロボットを動かすという。が、霊は小さくなれません。それをするには、原子を小さくするか、原子間の距離を縮めなくてはいけませんが、巨大な重力がない限り無理です。頭の中にブラックホールみたいなものを置くのは物理的に危険でしょう。

 頭の中に、神や霊からの声が聞こえる? 霊は頭の中に入れませんから、外から声を出しています。それが頭の中から聞こえるように感じるということです。これは、霊の声を聴くものが、頭の中にあるという発想です。だからといって、そこにいるわけではありません。霊の声を聞いた時に、どこから声が聞こえているか、わからないが、頭の中で響く。それで頭の中から声が聞こえると思い込んだのでしょう。

 頭の中に、人間を詰め込むことはできません。霊も入りません。想像世界は、現実ではありません。すべて想像の産物です。頭の中に霊はいません。

 信徒は何を誤ったのでしょうか?
 物理世界に霊はいないという科学者の考えに対して、心の問題だと逃げたのが過ちです。信じるからいるというのは、世界にいるかどうかに答えていません。霊は物理世界にいると反論しなくてはいけませんでした。
 精密な電波機器を用意すれば、みせてあげようと提案すべきだったでしょう。おっと、これは近未来の話です。先走りました。現在は、こうすべきでした。

 「霊がこの世にいない。」ことをただ否定すればよかったのです。だから、いるにちがいない、と。
 いわゆる「悪魔の証明」を使います。法律用語なので、科学に使うのはよくないようですが… 裁判で勝てるということは、社会的にそれが正しいことになります。

「ある事実・現象が全くなかった」ということを証明することは、非常に困難です。「多くの歴史書には霊がいると書いている。それらをすべて科学的な証拠をもって否定してみろ。それができないなら、いる可能性が残る。霊はいるにちがいない。」と。

 しかし、厳密に科学的に霊はいないともし証明されたら、こういう論理は木っ端微塵です。が、それは永遠に科学者はできないでしょう。

 自分以外の霊や神様は、心の中にいません。体の外にいます。物理的に。天国や家の中にいます。心の中にいませんので、お間違いなきよう願います。
posted by たすく at 09:39| Comment(0) | 霊の物理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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