2017年05月18日

自分を好きな人たちとは、いつ交際がある?

自分を好きな人たちとは、いつ交際がある?

異性の話。私を好きな人たちは、見た目でわかる。私を見てはうれしがり、照れた顔をする。彼女たちはいつ見ても、私を好きそうにしている。

こんな方たちは人生の中で、たくさん見てきた。が、私は気が強くて、センスがいいのがよくて、無視してきた。気弱だと長くつきあえないと思って。

現実に、つきあいがなかったのは、単にちょうど私に縁があるのがいなかっただけ。それだけのこと。人生上に用意されてない。私の運命はそうなのだ。

でも、あまり選り好みできる年でもなくなって、心開いてみようと思った。案外、話があって、気が合って、楽しいかも。

こういう人たちとは、いつかそんな機会がくるものだ。そう信じておこう。生きている間でなくても、あの世でそうなるかもしれない。

これは、自分のランクというのがあって、それと同じような者同士が、友人になる、という思い込み。それより上も下も、手を出さない。そんな億劫でいると、いつまでも交際範囲が広がらないケースである。

自分の中の異性に対する基準を緩め、美人やスタイルのがよいのや、性格がよい、気立てがよいのだけを選ばずに、人間として信頼しあえるなら、多少は信頼できないところがあっても、楽しく過ごせるなら、友達といえるようにしよう。すると、友達は増えるだろう。

何も自分にとって宝石やダイヤモンドばかり集めなくてよい。
posted by たすく at 20:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

見た目からわからない異性の友達 その探し方

見た目からわからない異性の友達

私は、結婚相手を一目で見抜いた。が、恋人・友人は探し求めなかったから、ずっと誰がなるか、知らなかった。
最近、やっと探し始めた。私は、予感から将来に出会う人、自分の人生はだいたいつきとめていた。同僚や部下、チーム。さらには友人も。女性の友人も少しは。

つきとめたといっても、雰囲気やシンボルがわかっただけで、具体的な名や顔を知ったわけではない。私もまだ、スーパーマンではない。透視力が低いのだ。専用の波動機器があるとわかる。

私は、テレビの自分関係のサイン、気になる人物、私が普段出会う人の中にくる未来の友人などを見て、推理する。すると、いずれ出会ういろんな友人がわかった。

女性の親友は、守護霊はアヒル系で、音楽をする人で、バンド仲間になるということくらい。私の勤務地、大阪市南部周辺に住んでいる時に、出会う。大阪の南あたりにいるだろう、と把握していた。

で、名前までつきとめるか、とこの前探した。私の音楽レベルに合うのは、せいぜいセミプロ。大阪の南にいないか、とネットに探すと1ヶ月でみつかった。

が、彼女は以前から何度かみかけたことがあり、知人ではないが、知らない顔でなかった。結婚相手を一目で見抜いた自負があったのに。親友になるほどの人物を時々みかけていたのに、ずっとわからなかった。これはショックだった。

もう1人、いつもテレビで見ている顔だ。敬意はもっているが、特別なお気に入りでなく、あまり気が合うとも思わなかった女性がいる。同類だということは知ってはいた。彼女はやや豪華なので、私の知人の男と友達になりそうな顔だ。私のお相手(友達)ではないだろう、と思っていた。

が、透視で調べると、案外、仲良くなると出た。これは間違いない。私は透視に絶対の信頼をおいている。他の面々(未来がわかる者達--私の透視を覗き見するのが趣味の連中、波動チェックできる)も、友達になるよ、という。これも、驚いた。私は、これまで見えてなかったなと思ったのだ。

世の中、自分がふつうに過ごしていては、けっしてみつけられない友達はいる。出会う時までは、わからない友達は隠れている。たとえ、目前にいても、彼らには気づかない。そんな見分けづらい友達はいる。

なぜか?
現在の友達の条件について、各自の考え方が悪い。同類は、いつか絶対に友達になる、という法則がある。同類でも、些細な違いで、つきあいがまったくないと頑固に思い込んでいたのが、私の場合は悪かった。

身分の違い、職業の違い、金持ちと貧乏人の違い。たくさんある。自分がこんなのではけっしてあんな高い(低い)世界の人と、生きて会い親しくなることもない、と思うのが間違いだ。また同類は、ごくごく少数しかいない。が、その中でわずかな違いで、その人を遠ざけていてはいけない。各人は、友達の条件と思い込んでいるもの。その偏見を捨てて、同類は友達になる、と素直に信じるのがよい。同類と思える人物は、多少の違いは気にならない。子供であるまいし、それが大きな差だと思わないことが大事だ。

以上、友達になる人、という思い込みをいくつか捨てると、みつかる友人もいる。
posted by たすく at 20:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月14日

誰かが決めた人生なら、自分に責任はないのか?

誰かが決めた人生なら、自分に責任はないのか?
悪事を犯し、罪を背負う。だが、それがもし運命だとしたら? 彼は自分のせいではない、と言い張ることはできるだろうか。

彼はただ運命に従っただけだ。彼は操られて、それをした。だから、全責任は彼を操った者、彼の人生を計画した者、つまり彼の神、守護霊にある。

理屈としては悪くない。が、犯罪を犯したら、人が罰されるのが、人の世のならいだ。彼は罰されなくてはいけない。

彼が罰されるのも、彼の運命だ。彼の全責任を負う守護霊は、それを願うだろう。

こういう禅問答みたいな話は、ここのメインではない。

彼は誰を恨めばよいのか? 彼の自由度は8%だ。彼は、92%は人生で決められたことをしている。しかも、それは彼に未来を変えられる能力があるという前提でだ。その力がないなら、彼は守護の決めたことをほぼ100%する。

犯罪を犯すのは守護霊が決めたこと。彼は自身の力で犯行をやめることはできなかった。なら、罪悪感をもった彼は、自らの神(守護霊)をのろうべきだ。彼が罪を犯したのは、彼の守護霊の仕業だからだ。

死後、天国に行った時に、守護霊を責めたらよい。その時に、人間の人生をひどいものにした恨みをはらしたらよい。ただし、彼は、守護霊が与えたものを総合的に判断して、守護にそれなりの対応をしなくてはならない。

人生が平均以下のひどいものなら、彼は守護霊を嫌うだろう。が、彼の人生は、一時は犯罪者の汚名を着せられても、ふつうの人以上に幸福で、人類に貢献できたなら、それは守護に感謝する。

彼は守護霊の支配から自由になって、独立できる時が数百年後にくる。その時、彼は守護霊の決めたことに従わずに、自由に行動する。守護霊の監督が嫌らなら、その時を待ちわびるしかない。自分で自分の人生を設計できるほどの才能を早く身につけて。

自分の人生は思い通りにならないが、それは守護霊--数千年前に生きた古い時代の霊の価値観、趣味、嗜好で決まったことだ。古い人間の発想で、作られた自分の人生。それに不満を持つのは当然だ。それから抜け出し、自由に自分らしく生きることが、いつの日かできるのだ。なんと、うれしいことか。
posted by たすく at 22:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする