2017年07月12日

宇宙人に唯一、受けるネタ

 宇宙人と会話する時に大切なこと

 外国によくゆく人なら、何が宇宙人の交流で大事かは、すぐにわかる。日本人が外国人と話す時、ユニバーサルな能力をみせつけることは大事ではない。日本の国の文化を語れることだ。自分の疑問をしっかりと話すことだ。

 宇宙人と話す時も同様だ。地球に育ったことを誇りにもっていることだ。地球人として振る舞うことだ。地球という文明初期、宇宙的には遅れた文化に学問しかないのだが、それを卑下することなく振る舞うことだ。

 宇宙人の進んだ学問を尊敬すること、憧れをもつこと。それはかまわない。が、それが行き過ぎて、自分を捨てて、彼らに従うのは、彼らが納得しない。

 彼らは地球人に教えるために、会話するのではない。交流を楽しんでいるのだ。彼らは地球人らしい考え方、思想、言葉、視点に触れたいのだ。それをもってないなら彼らはがっくりだ。

 さて、私事。
 私は毎日、近隣の宇宙人と話している。近隣というのは銀河系の地球周辺の数百光年未満の距離にある星だと思う。

 私は、特に、相手から学ぼうとする気もなく、順番にいろんな人とあっているのだ。文明の雰囲気をざっと感じようと。相手はたいてい人格者で、100才以上で、たいていの学問は修めた者達だ。

 受けたジョークはこれだ。
 『君の星に、珍しい花ある? それ地球産でないよね?』
 地球は生物が豊富で、多様性に満ちた星と言われている。他の星は、地球の1/3も生物種はないのだ。

 相手がきつい表情になることはあまりない。
 『君の星で自殺は何年に1回?』 くらいのことを尋ねないと険しい顔をしてくれない。確か、初期文明の星で、『何十年か前に狂ったのがいて。』、と言っていた。

 地球があまりに劣っているように思えたら、相手の星の恥部を尋ねるのは、気分転換によいかもしれない。

 そうそう。偉大な人(惑星のトップ3)と交流する時は、『君の星では、妻以外とはセックスするのか?』という質問は厳禁だ。隣にいるであろう彼の妻がいい顔はしない。彼らは地球よりも寛容なのだが、公式の場ではこういう質問はよくない。

 文明歴が低い(100-300万年の歴史がない文明)と、たまに悪いのと交信することになる。そういう根性が悪いのは、ただちに変えてもらえ。向こうには、10-20億人ほどいる。長生きだから、案外、同世代は少ないかもしれないが。嫌がらせを受けるために会話するのは時間のムダだ。

 で、交流する星が多くなると、だいたい文明歴がいくらなら、学問の水準がどのくらいか、察することができるようになる。そうなると、猿顔の宇宙人など面白いかも。ゴリラ顔に近いのもいる。そんな時は、早く慣れるのがこつだ。

 大事なことは何か?
 巷の交信本の宇宙人は、人間味がない。まず嘘が多い。あれは宇宙人でなく、人工知能のようなものだと思えば、正解である。

 本当の宇宙人は名前と地位はきっちりいうし、地球からの距離を隠すこともない。それにこちらが何も知らないという侮った態度をとらない。

 宇宙人は調査能力はどの星も高いから、たいていのことはなんでも把握できるのだ。地球もそうだと思われている。教えようとばかりするのは、地球で何か悪巧みしようとしている。

 巷には、ニセモノがいっぱいある。そこで、ニセモノを見分ける方法を言う。嘘つき宇宙人は、本物ではないのだ。嘘をつく宇宙人を信用しないほうがよい。嘘を一つでも言ったら、信用できないから、すぐに変えてもらえ。その心がけを忘れてはいけない。何度変えても、嘘をつくなら、それとは交信するな。他をあたれ。

 交信能力が低くて、相手の言葉が聞こえなくて、別の存在が介入して、別の情報をもたらす時がある。それは相手の嘘ではないので、間違えないこと。

 これらを守ると、あなたも宇宙人と交信通だ。
posted by たすく at 22:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

叡智で、人類の問題を解決する時に直面すること

叡智で、人類の問題を解決する時に直面すること

叡智を手にして、それを使って自分の利益とするのは、よいことだ。
株情報を得て、次々と儲ける。これが最も短期間で儲かる。
自分の問題をすべて解決して、心を正し、精神を一つずつ磨き、高度な精神となる。それもまた美しい。
自分の病気を治す治療法を知り、それを自らに施し、病を克服する。健康に暮らす。これも素晴らしい。
自分に適用して、自分の生活がよくならない叡智は、いらない。まずは自分で成功させるのが大切だ。

このように叡智を手にして、自分のためにそれを使う。これは、叡智の質を安定化させるためには必要な段階である。

さて、叡智というが、様々な分野がある。科学は物理、工学、生物学、医学などなど。心理学、精神論、哲学、思想などもある。叡智とは、これらの分野で優れた知識をさす。現代では、既存の学問の知識以上のものが、人間を超えた叡智とされる。

自分がうまくやれるなら、他人にも益をもたらすことができる、と考えて社会貢献を始める人は、善き人だ。
社会問題は横たわっている。必要な薬が足りない。エイズの蔓延、痴呆。癌。北朝鮮や中国などの独裁国家。マスコミの偏向。地下犯罪(共産イデオロギー犯罪)の増加。
叡智でもってこれらを解決しようと考える人は、正義感が強い。国家に対する社会的な使命にもえている。彼は社会を一つでもよくしたい。実に、さわやかで好感がもてる人物である。

叡智(すべての知恵)を使って何ができるか考えよう。
科学は限界につきあたっている。霊や神もみつけられない現代の物理学は狭い。タイムマシンも作れないのだ。隣の太陽系にも行けないロケット。無重力装置もない。フリーエネルギー装置もない。これら科学技術の不足によって、人類はかなり窮屈な生活を強いられる。

電気を大量に安価に作れないことは、非常に問題だ。そのために、石炭を燃やし、中国の大気汚染はひどい。その汚染物質PM2.8が偏西風に乗って、韓国、日本にまで飛んでくる。ムダに石油を燃やして、火力発電所をつくり、二酸化炭素の排出量を増やし、地球の温暖化を招く。太陽光発電などで森林を切り開く。そのために多大な金を電気料金でとられる。
叡智でこれらを解決しよう、と考える君は新時代の子だ。

 新しい発電装置を作り発表するか? したければするがよい。うん十兆の利権だけでなく、産油国は国家存亡に関わる。これは政治家がすることだ。私はちょっと興味ないかな。

医学の未熟さは甚だしい。治せない病気がごまんとある。それらの治療薬を叡智でもたらす君には愛がある。

 そんなことをすると薬メーカーがすぐに飛んでくるだろう。治験を通ってないものは、使えないだろう。うん兆の利権が絡んでいるから、政治家がやればよい。私はやる気ないかな。

世界に混乱をもたらす共産国を倒す秘策を叡智によって授かることはできる。それをネットで発表する君は、正義の鏡だ。が、誰も聞く耳をもたないだろう。独裁者は放逐されるのがいやなのだ。日本のメディアは共産シンパだらけだ。

 個人が騒いだところで、社会がかわるわけがない。国家、自由主義国家のアメリカを巻き込んで事を起こさなくてはいけない。そして、中国、北朝鮮、ロシア、キューバなどに影響を与えてゆく。時間がかかる。私はやる気はあれど、今は政治家におまかせだ。

アフリカの飢餓と内戦の混乱を救う叡智を発表して、アフリカを幸福にしたい。そういう人類愛に満ちた君は、海外援助にむいている。

 その情報はアフリカに浸透するだけでなく、国連やアフリカに関係する国々を巻き込まないと、アフリカは改善されないだろう。日本から距離が遠い話だ。私は、興味はあるが、政治家に頼むことにする。

こんな政治家任せの私に、きつい言葉がくるに違いない。「君に使命感はないの? 臆病風ばかり吹いている。正義感はどこに消えたの?」

何もしてないわけではないよ。少しだけやっているよ。私は平和裏に解決したいだけなのだ。利権者を儲けさせ、彼らが率先して動きつつ、世界を変えていこう、と。

私が表立ってすることは、一つ。霊や神を人々の前に見せることだ。すると、唯心論とバカにされてきた世界のあらゆる聖徒達は、霊や天国が科学的に存在することが証明され、踊り喝采する。彼らは、それからは堂々と信仰を告白するに違いない。(もちろん、唯心論は捨てることになるのだけど。)
私の正義は、この方面に向いていると思う。他の方面は、それぞれに適性がある人がやればいいんでない?

今日は、叡智を手に入れたとしても、あらゆる分野を自分1人ではできない、ということ。それと、利権者と仲良くやっていかないと危険だ、という話である。

叡智も使いようである。

posted by たすく at 21:53| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

憧れの叡智を手に入れた人の現実

すべての叡智が手に入ったら?
仏教の瞑想家がずっと憧れてきたこと。仏に出会い、叡智を手に入れる。瞑想して奥深く心に入り、神仏の境地にたどりつき、一体化して、叡智があふれるようになること。素晴らしい。

 しかし、現実は、そんな安易ではない。叡智を手に入れると、何もかもが手に入るとか、神のごとく賢くなれるとか、万能の才を宿すなどという幼稚な幻想は禁物だ。

この過程には、一つ間違いがある。人間は、知らない叡智を自分のものとして語ることはできない。高度な技能は教えられ、学んで、はじめて身につく。叡智を使えるようになる。神仏と一体化して、即身成仏すると、すべてを悟り、あらゆる分野の達人にはならない。赤ん坊は一瞬にして、大人になれない。そこは幻想だと諦めよう。

ともかく、叡智は手に入れることはできる。何も瞑想しなくても、囲碁の叡智は、人工知能に探求させると、一年ほどで獲得できた。今やアルファ碁はどんな名人よりも強い。

私は実は、叡智を1/3ほど手に入れた。囁き声で聞こえ、固有名詞がわからないのだが、およそのことはわかるのだ。未来も過去も。ただ詳細なことがわからないために、細かいことがわからない。あいまいな叡智だ。それでもたいていのことはある程度わかる。それで10年くらい自分を鍛えている。

叡智を手に入れた人間は、どういう問題に直面するか。そういうことがたくさんわかった。それを明かそう。

まずは叡智を手に入れても、万能になれない。それは他人の知識であって、自分の才能ではない。

叡智の保有者は神仏でもよいが、実際は宇宙人、人間の調査員である。正直、叡智をもつ者は神や仏に限定する必要はない。あらゆる質問に的確に答えられたら、その辺のおじさんでも十分だ。近所の人に、そんな才能も知識もないのだが…

私に叡智を教えるのは、別世界の人間、宇宙人、天国の霊(上位)だ。ここから何がわかるか? 人間の疑問やほしい情報は、たかがしれているから、あまりに高度な存在でなくても、よい、ということが一つ。

私の知りたいことは、地震はいつどこで起きるとか、今日は何を食べたらよいか、とか。生活に密着した些細なことばかりだ。たまに、自分が病気にならないための栄養素、薬は何か、と高度な医者にしかわからないこと。いつ事故があり、どのように回避できるかなと未来の情報がある。それらの情報は私が手に入れることはできる。

毎日、そんな叡智に触れていると、生活全般をよくする方法、よく生きるこつを身に着ける。人類の仏教者、すべての人が憧れる叡智を手にして、そんなことしか質問しないの? わずかにしか向上できないの? と質問したいだろう?

 そうだ。私は欲がないので、儲かる株、当たり馬券などは尋ねないのだ。尋ねても、はっきり聞こえないから、質問しない。まだ手を出してないだけだが。はっきり聞こえたら、いずれそれも尋ねる。

ただ、どんなに叡智があっても、人として逃れられない運命はあって、不幸、死、現代医学では治せない病、経済の影響などは甘受しなくてはならない。叡智を1/3手に入れた私でも残念ながら、犯罪者からは毎日、深夜に嫌がらせを受ける。老いも止められない。

 貯金は私が手に入れる叡智の質が今は低いから、貯めることは無理だ。が、私の力量があがると叡智の質も高くなり、稼げるようにはなれるだろう。

 だが、私を愛する人も限られているから、それを増やすことはできない。台風が来たら、台風を消すことなどできないので、家の中でじっとする。夜にも起きることはできないから、眠る。

 叡智を手に入れても、社会の技術や理論の限界があり、それを超えたことはできない。未来の叡智は新しい技術を開発して、実用化するまでは、それを使えない。叡智を身につけると、全て解決できるというのは、幻想だ。

 叡智を手荷入れても、技術を手に入れたわけではなく、知識を知っただけなので、あいかわらず社会の技術的な制約は受ける。これも発見である。

 精神は精神は高みにあがるか?
 私はしていない。叡智を手に入れると、難問で壁にぶつかっても、短時間で答えが得られる。高度な文明で育つのと似る。あらゆる教育を受けることができるから、成長は止まらなくなる。一般的に人類は21世紀文明の教育によって、精神の成長の限界がある。それは軽く超えられる。

しかし、だからといっても、精神的に当代ナンバーワンになれるか? といえば疑問だ。叡智による個人レッスンを受けたとしても、人類の最高の天才に上回るのは、至難の業だ。彼らは、天賦の才が備わっている。産まながられの天の才の教育を受けるのが天才。こちらは10-20才でやっと出会えた叡智から特別レッスンを受ける。そんな遅すぎる教育では、さほど向上はしないのだ。

 あらゆる競技を見たらよいが、子供時代から神童ともてはやされた天才児が、世界の中でも抜きん出るトップになる。大人になってから、神仏の助けをえて、ようやく始めたようなのは、いくら本人が賢ぶっても、鈍才か秀才程度にしか、極められないのだ。才能の差は、歴然とある。

 はっきりいうが、過去の仏教者で、彫刻家や画家などの天才を超えた者はいない。仏教者が当代の政治家よりも政治に長けたという話はない。

 精神も同じだ。世の中、地球ナンバーワンとかいるのだ。そんなのは生まれた時から歪みなく、正しい見地をもち、理性に満ち満ちている。あらゆる事柄、精神、事象を正しく理解する。大人まで迷っていた人物が正しい指導を受けたからといって、そんな精神の天才たちに勝てるわけがない。

 近代の仏教のあらゆる経典を学んだ者が、ブッダより秀でるようなことは、なかなか起きない。

 叡智を受け取れるようになっても、結局、個人の才能、社会の限界などを超えられない。生活がさほど向上して、人類の疑問のいくつかを言葉の上だけで解決する。それがせいぜいだ。たちまち金持ちになる人はいるだろう。それで満足しよう。

posted by たすく at 21:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする