2017年05月18日

自分が本当に好きな人をどうみつける?  恋愛で失敗しないために

自分が本当に好きな人をみつけるには?

自分が好きな人と、本当に自分が好きな人とが、ずれている人が結構いる。憧れの男性、格好良い男性、美人、賢い女性、スタイルがよい女性。社会的なステータスが高い男性。理想をもつのは、かまわない。

が、たいていそれは本当に自分が好きな人ではない。人には相応というものがある。ジャパンファースト、都民ファーストは一理ある。が、異性はなんでも一番でなくてもよい。クラスで一番とか、そんなのをほしがらなくてよい。

そんな外面ばかり気にすると、どんな不幸が待ち受けているか、説明しよう。
小学校に入ると、クラスのかわいい女の子を好きになる。そんなのは嘘つきである。たった1年で親しくならない。顔やかわいさ、優しさなどで憧れても、そんなのは本心では好きではない。クラスにいても、遠くの飾り物だ。

中学、高校に入ると学級で知り合ったのとたいていつきあいだす。お互い憧れから始まり、親しくもないから、すぐに行き詰まる。体だけの関係になったり、無言デートしたりと、親密にふれあい、楽しくロマンチックな恋愛になる、というあてが外れる。一緒にいても、エッチするくらいが楽しみ。好きと思い詰めると、相手がわからなくなり、しだいに壁を感じ、相手が氷のように冷たくなってゆく。そして、別れる。

大人になっても、美人とかかわいいとか、美男、かっこうよい男を追いかけるのは正真正銘の恋愛音痴だ。

 そういうハイクラスを射止める才能をもつていても、つきあってすぐに別れるの繰り返し。男や女の遊び相手に事欠かなくても、愛情がない寂しい人生となる。こういうのに限って、人をみる目が成長しない。

 多少、相性がよいのとは結婚できる。が、すぐ離婚。もしくは退屈な家庭となる。愛がない、しょうがなく続くつまらない夫婦となる。相手のことがいつまでもわからないし、薄い愛情しかもてない。熟年離婚。定年離婚に至る。

 稀に当たりだと、好きという気持ちも続いて、長持ちする。相性が6-7割以上なら、側にいても苦痛にならないのだ。薄い愛情の関係だ。

何を間違えたか? どこで間違えたか?
 だいたいクラスで人気者の男小や女子を好きになるのは、おかしい。たいてい本心では好きでない。憧れと好きとをごっちゃにしてはいけない。美男美女を、本当は好きでないのに、好きになろうとしたことだ。自分に合った異性を好きになれ。それが大切だ。

身の丈にあった異性を好きになろう。まず最初にすべきことは、「世間的によいとされる異性」を、本当は自分が好きでないことに気づくことだ。

子供時分は、隣家の男の子や女の子が一番好きなのだ。5-7割の男児と女児はそれが真実だ。子供の頃から親しくして、家族もお互い見知っていて、家も行ったり来たりして、よく遊ぶ。幼稚園の時から、それ以前から、好きな男の子はそれしかいないのだ。

小学校から、本当に自分が誰が好きなのか? と自己チェックすることを勧める。

 自分が好きになる女性のタイプを集めてゆく。人を見ているだけでも、自分はどんなタイプが本当は好きかわかるだろう。遠くから眺める訓練をする。近くで見たら、感情が高ぶって冷静になれない。テレビを見ながら、いろいろ判断したらよい。芸能人の誰々には、自分はどう感じるかなど。すると、かっこよい男性やかわいい女性は、冷たいと感じる人もいるだろう。それは自分に向いてない、と結論できる。

 世間でいわば憧れの男性・女性は本当の自分が好きではない。自分は、自分の異性の好みがあり、ある種の人だけが好きだ、と気づくことが大事だ。本心に近づくことができる。自分が好きな人は特定の傾向があることに気づけ。

 女性は、長髪か短髪か。スポーティーかおっとりか、賢い・平均・低めか、利発・鈍いか、理性的・感情的か。美人・低めか、そうやって区別してゆくと、自分の好みが集大成したオリジナルの理想の異性像を作り上げることができる。それが本当に、君が好きな異性だ。

 実は、この女性は最も自分と相性がよい相手である。たいていは、この自分が好きなタイプの中に、相性がよい女性が入っている。相性のよさを見抜く能力は、異性関係を予想するためには、不可欠だ。これができないと恋愛に失敗する典型となる。

自分だけの最上の異性。それを正しくつきとめたら、地球上に、そんなのがきっといる。それが君の赤い糸がつながった異性である。こうやって、選んだ異性とは、結婚の失敗が少ない。

 この時、幼馴染や同級生は候補にいれないほうがみつかりやすいだろう。運命の人が、生まれた時から身近にいる人は、そう多くはない。同じ都市部に住んでいた可能性はあるとしても。

 当初のテーマに戻る。自分が好きな人とはいつ交際するか?
 いつかできるだろう。人生で計画されている。いつ好きな異性と交際するか。赤い糸とつながつた異性とは一生出会わない人もいる。かわいそうに。そういうのは相性がよい異性と出会って、結婚して幸福になれたら、よしとしよう。答えは、人生で計画されているから、その時である。こればかり、人ごとに違う。正確に何年後と決まっているわけではない。

 今回のポイントは、自分が本当に好きな人をみつけること。ハイクラスな異性に執着しているうちは、まだまだ恋愛初心者で、幼稚だ。その憧れを捨てて、自分に見合った異性をみつける。そうすると、恋も愛も成功しやすい。

 余力があったら、相性がかなりよい異性をみつける才能も磨くことだ。一生の親友、いや永遠の親友になれたりする。相性が高いことが、関係が長続きする唯一の理由だからだ。

 相性が悪いのは、どんどん捨てていって、相性がよい人達と優先的につきあうようにする。すると、濃い友情、深い人間関係を一生もてるだろう。そういうのを人に恵まれている、という。

posted by たすく at 21:44| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分を好きな人たちとは、いつ交際がある?

自分を好きな人たちとは、いつ交際がある?

異性の話。私を好きな人たちは、見た目でわかる。私を見てはうれしがり、照れた顔をする。彼女たちはいつ見ても、私を好きそうにしている。

こんな方たちは人生の中で、たくさん見てきた。が、私は気が強くて、センスがいいのがよくて、無視してきた。気弱だと長くつきあえないと思って。

現実に、つきあいがなかったのは、単にちょうど私に縁があるのがいなかっただけ。それだけのこと。人生上に用意されてない。私の運命はそうなのだ。

でも、あまり選り好みできる年でもなくなって、心開いてみようと思った。案外、話があって、気が合って、楽しいかも。

こういう人たちとは、いつかそんな機会がくるものだ。そう信じておこう。生きている間でなくても、あの世でそうなるかもしれない。

これは、自分のランクというのがあって、それと同じような者同士が、友人になる、という思い込み。それより上も下も、手を出さない。そんな億劫でいると、いつまでも交際範囲が広がらないケースである。

自分の中の異性に対する基準を緩め、美人やスタイルのがよいのや、性格がよい、気立てがよいのだけを選ばずに、人間として信頼しあえるなら、多少は信頼できないところがあっても、楽しく過ごせるなら、友達といえるようにしよう。すると、友達は増えるだろう。

何も自分にとって宝石やダイヤモンドばかり集めなくてよい。
posted by たすく at 20:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

見た目からわからない異性の友達 その探し方

見た目からわからない異性の友達

私は、結婚相手を一目で見抜いた。が、恋人・友人は探し求めなかったから、ずっと誰がなるか、知らなかった。
最近、やっと探し始めた。私は、予感から将来に出会う人、自分の人生はだいたいつきとめていた。同僚や部下、チーム。さらには友人も。女性の友人も少しは。

つきとめたといっても、雰囲気やシンボルがわかっただけで、具体的な名や顔を知ったわけではない。私もまだ、スーパーマンではない。透視力が低いのだ。専用の波動機器があるとわかる。

私は、テレビの自分関係のサイン、気になる人物、私が普段出会う人の中にくる未来の友人などを見て、推理する。すると、いずれ出会ういろんな友人がわかった。

女性の親友は、守護霊はアヒル系で、音楽をする人で、バンド仲間になるということくらい。私の勤務地、大阪市南部周辺に住んでいる時に、出会う。大阪の南あたりにいるだろう、と把握していた。

で、名前までつきとめるか、とこの前探した。私の音楽レベルに合うのは、せいぜいセミプロ。大阪の南にいないか、とネットに探すと1ヶ月でみつかった。

が、彼女は以前から何度かみかけたことがあり、知人ではないが、知らない顔でなかった。結婚相手を一目で見抜いた自負があったのに。親友になるほどの人物を時々みかけていたのに、ずっとわからなかった。これはショックだった。

もう1人、いつもテレビで見ている顔だ。敬意はもっているが、特別なお気に入りでなく、あまり気が合うとも思わなかった女性がいる。同類だということは知ってはいた。彼女はやや豪華なので、私の知人の男と友達になりそうな顔だ。私のお相手(友達)ではないだろう、と思っていた。

が、透視で調べると、案外、仲良くなると出た。これは間違いない。私は透視に絶対の信頼をおいている。他の面々(未来がわかる者達--私の透視を覗き見するのが趣味の連中、波動チェックできる)も、友達になるよ、という。これも、驚いた。私は、これまで見えてなかったなと思ったのだ。

世の中、自分がふつうに過ごしていては、けっしてみつけられない友達はいる。出会う時までは、わからない友達は隠れている。たとえ、目前にいても、彼らには気づかない。そんな見分けづらい友達はいる。

なぜか?
現在の友達の条件について、各自の考え方が悪い。同類は、いつか絶対に友達になる、という法則がある。同類でも、些細な違いで、つきあいがまったくないと頑固に思い込んでいたのが、私の場合は悪かった。

身分の違い、職業の違い、金持ちと貧乏人の違い。たくさんある。自分がこんなのではけっしてあんな高い(低い)世界の人と、生きて会い親しくなることもない、と思うのが間違いだ。また同類は、ごくごく少数しかいない。が、その中でわずかな違いで、その人を遠ざけていてはいけない。各人は、友達の条件と思い込んでいるもの。その偏見を捨てて、同類は友達になる、と素直に信じるのがよい。同類と思える人物は、多少の違いは気にならない。子供であるまいし、それが大きな差だと思わないことが大事だ。

以上、友達になる人、という思い込みをいくつか捨てると、みつかる友人もいる。
posted by たすく at 20:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする